名目賃金が上がっても手取りが増えたと感じにくい背景には、社会保険料や税の負担に加え、物価上昇などが影響していると考えられます。給与明細の額面と手取りを分けて見て、名目と実質の違いを数字で確かめると、体感の理由が見えてきます。本記事では公的データをもとに、次の視点を順に整理します。
- 額面と手取りの違いを給与明細の構造から確認します。
- 厚生年金18.3%や住民税所得割10%など、負担の具体的な数字を押さえます。
- 実質賃金と消費者物価指数の推移から、目減りの構造を読み解きます。
- 年収の壁や給付付き税額控除など、制度側の論点も整理します。
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「手取りが増えない」の正体
額面給与から税・社会保険料を差し引いた手取りと、物価を考慮した購買力は別に捉える必要があります。
額面と手取りの違い
「手取りが増えない」という感覚を確かめるには、まず給与明細をよく見て、額面から手取りに至るまでの流れを押さえることが出発点になります。
額面と手取り額は異なります。求人広告などに記載される給料は、税金や社会保険料が差し引かれる前の総支給額であるのが一般的です。
一方、手取り額は、総支給額から所得税や住民税、健康保険料、介護保険料、雇用保険料、厚生年金保険料などを差し引いた金額です。実際の手取り額は、給与額や年齢、扶養状況、加入する健康保険などによって異なります。
額面が同じでも、控除額が変われば手取り額は変動します。賃上げによって額面が増えても、それに伴って社会保険料や税の負担額が増えれば、差引支給額の伸びは額面の伸びよりも小さくなる場合があります。給与明細の総支給額、控除額、差引支給額を確認すると、どの項目が手取りに影響しているかを把握しやすくなります。
名目賃金と実質賃金
額面の変化を捉える指標が名目賃金、物価の動きを差し引いた指標が実質賃金です。
2025年は名目賃金指数が前年比2.3%増えた一方、実質賃金指数は1.3%減り、4年連続のマイナスとなりました。「きまって支給する給与」の実質賃金指数も1.6%減っています*1,*2。
実質賃金は消費者物価指数を使って名目賃金から物価の影響を取り除いた指標です。名目賃金が増えても物価上昇率がそれを上回れば、実質賃金はマイナスになり、賃金の実質的な購買力が低下したことを示します。額面の伸びと物価の伸びを並べて確認すると、生活実感との違いを整理しやすくなります。
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手取りや生活実感に影響する三つの要因
社会保険料、税、物価の上昇が重なると、額面給与が増えても生活の余裕を感じにくくなります。
社会保険料の負担感
手取りに影響する要因の一つが、給与から天引きされる社会保険料です。
厚生年金保険料率は、平成29年9月1日から適用されている一般・坑内員・船員の被保険者等で18.300%です*3。この料率は労使折半で、本人負担は半分の9.15%にあたります。
国民年金保険料の金額は、令和8年度で1カ月あたり17,920円です*4。国民年金保険料は年度ごとに改定される仕組みで、加入者は毎年金額を確認する必要があります。
社会保険の負担を見る際は、額面給与だけでなく、差引支給額の変化も確認することが大切です。
所得税と住民税の重み
次に手取りに影響するのが、所得税と住民税という二つの税負担です。
住民税の所得割は、前年の1月1日から12月31日までの所得金額に応じて課税される税金で、標準税率の合計は10%です。内訳は、指定都市以外では市町村民税6%・道府県民税4%、指定都市では市民税8%・道府県民税2%です。これに市町村民税・道府県民税の均等割が加わり、令和6年度以降は森林環境税(国税)も均等割と併せて徴収されます*5。
住民税は前年の所得をもとに計算されるため、賃上げによって課税所得が増えた場合、その影響が原則として翌年度の住民税に反映されます。そのため、翌年度の手取り額に影響する場合があります。国会の議論でも、多くの国民が、給料が上がっても手取りが増えない、物価上昇に生活が追いつかない、そういった苦しさを感じているとの指摘が出ています*6。
住民税は前年の所得をもとに計算されるため、昇給と住民税への反映時期がずれる点にも注意が必要です。
物価上昇による目減り
三つ目の要因が、日々の買い物で直面する物価上昇です。
消費者物価指数は、全国の世帯が購入する各種の財・サービスの価格の平均的な変動を測定する指標です*7。実質賃金の議論では、この指数を使って物価の影響を差し引きます。
2026年8月の消費者物価指数(2025年=100)は、総合指数が102.2で前年同月比1.9%上昇し、生鮮食品を除く総合指数は102.0で1.7%上昇しました*8。
額面が増えても、同じ商品を買うのに必要な金額が上がっていれば、購買力の増分は縮みます。社会保険料や税の負担に加えて物価が上昇すると、額面給与が増えていても、生活の余裕が増えたと感じにくくなる場合があります。
数字で読み解く実質賃金と物価
年次と月次、名目と実質を分けて見ると、賃金と物価の関係を整理しやすくなります。
実質賃金の推移を数字で追うと、名目と実質の乖離が見えてきます。
事業所規模5人以上の賃金指数を現金給与総額でみると、2025年は111.7(2020年平均=100)で前年比プラス2.3%となりましたが、物価上昇率を加味した実質賃金指数の前年比はマイナス1.3%で、実質での前年比マイナスはこれで4年連続となりました*1。
2026年3月分の確報では、現金給与総額が前年同月比3.1%増、きまって支給する給与が3.3%増となった一方、特別に支払われた給与は0.7%減りました*9。
国会答弁では、実質賃金上昇率について、毎月勤労統計調査の4月分結果速報において5か月連続プラスとなっているとの説明もあります*6。年ベースではマイナスが続きましたが、月次ではプラスに転じる月も出てきています。年次と月次では対象期間が異なるため、分けて確認する必要があります。
物価上昇と家計実感の差
同じ物価上昇でも、世帯によって直面する上昇率は異なります。
内閣府は、相対的に所得の低い世帯は、食費・光熱費等の上昇により直面する物価上昇率が高い傾向にあると整理しました。子育て世帯も食料は押上げ要因ですが、高校無償化拡充により、足元では子どものいない世帯より直面する物価上昇率が低いと同報告は示しています*10。
内閣府は、燃料油の価格抑制策などにより、消費者物価の上昇率が1%台に抑えられ、実質賃金がプラス基調を維持していると説明しています*11。
家計の実感側からは、2025年は消費者物価指数が前年比3.2%上昇した影響が大きく、実質賃金はマイナスに沈んだと整理されています*2。物価の上昇率は品目によって異なるため、物価上昇の実感は、世帯ごとの支出構成によっても異なります。
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社会保険料と税の仕組み
控除額は、標準報酬月額や前年所得、加入制度などに基づいて決まります。
厚生年金と健康保険
厚生年金と健康保険は、標準報酬月額に料率をかけて計算されます。
厚生年金保険料率は18.300%です。標準報酬月額32万円(報酬月額31万円〜33万円)の場合、保険料は全額58,560円、本人負担となる折半額は29,280円です*3。本人の月額負担はおよそ2.9万円で、標準報酬月額が一つ上の等級に上がると、その分保険料も段階的に増えます。
年金額は、物価変動率や名目手取り賃金変動率に応じて毎年度改定されます。
厚生労働省の資料は、物価変動率が名目手取り賃金変動率を上回る場合は、支え手である現役世代の負担能力に応じた給付とする観点から、名目手取り賃金変動率を用いて改定することが法律で定められていると明記しました*12。
標準報酬月額には改定時期があるため、賃上げが直ちに保険料へ反映されるとは限りません。等級が変わると、その後の保険料と手取りに影響します。
住民税の計算構造
住民税は所得割と均等割の組み合わせで決まります。
年収350万円の想定例では、課税所得金額は350万円から給与所得控除113万円、社会保険料控除50万円、基礎控除43万円を差し引いた144万円となります。所得割額は144万円×10%=14万4,000円で、標準的な均等割4,000円と森林環境税1,000円を加えた税額は14万9,000円です*5。ただし、実際の住民税額は所得控除や家族構成などによって異なります。住民税は前年の1月から12月までの所得に基づいて算出されるため、多くの場合、社会人2年目の6月から支払いが始まります*5。
子ども・子育て支援金などの新たな制度
2026年度からは、子ども・子育て支援金制度も開始されています。
令和8年度の被用者保険の一律の支援金率は0.23%です。こども家庭庁によると、国が一律の支援金率(保険料率)を示し、支援金額の半分は原則として企業が負担します*13。
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年収の壁と働き控え
社会保険の適用要件や扶養認定の基準は改正が続いているため、基準時点の確認が必要です。
106万円・130万円の壁
年収の壁は、働き方と手取りの関係を大きく左右します。
社会保険に関する年収の壁として、被用者保険の加入に関わる約106万円と、被扶養者認定に関わる130万円が挙げられます*14。ただし、約106万円に相当する賃金要件は2026年10月に撤廃され、週20時間以上など他の加入要件がより重要となっています*15。
130万円の壁は、原則として社会保険上の扶養から外れるボーダーラインで、130万円以上の収入が見込まれると、勤務先の適用要件を満たす場合は健康保険・厚生年金に、満たさない場合は国民健康保険・国民年金に加入する必要があります。ただし、一時的な収入増については、事業主の証明により、原則として連続2回まで扶養認定が継続される場合があります*16。
2026年3月の勤労者世帯の実収入は前年同月比で実質4.7%の増加となっており、世帯単位では収入が伸びる一方、年収の壁を意識した働き控えについては、世帯全体の収入動向とは分けて考える必要があります*9。社会保険の適用要件などの変更も踏まえ、自分の勤務先の適用要件と併せて確認することが重要です。
給付付き税額控除の議論
年収の壁の見直しと並行して、税・社会保険料の負担と給付を総合的に捉えた新たな制度の導入も進められています。
給付付き税額控除は、中低所得の現役勤労者に着目したものと整理されています。内閣官房の資料は、諸外国との比較を通じて純負担率の改善が必要であることが明らかになったとしています*14。
給付付き税額控除については、2026年7月29日に社会保障国民会議の中間とりまとめが公表され、8月5日に制度導入の基本方針が閣議決定されました。政府は2029年度に、中低所得の現役勤労者を念頭に「所得に連動したきめ細かな給付」を導入する方針です*17。一方、所得基準や給付額、国と地方の具体的な役割分担など、今後検討される事項も残されています。
社会保険加入後の手取り額は、勤務先における社会保険の適用状況、労働時間、税・保険料などによって異なります。年収150万~170万程度が一つの目安として挙げられることもありますが、試算の前提によって結果は異なる点に注意が必要です*16。
社会保険や税制をめぐる制度改正も進んでいるため、自分の年収帯や働き方に関係する最新の適用要件を確認することが大切です。
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おわりに
「手取りが増えない」と感じる背景には、社会保険料や税の負担のほか、物価上昇による購買力への影響など、複数の要因が関係しています。厚生年金18.3%や住民税所得割10%といった料率、そして実質賃金の推移などを確認することで、額面給与の伸びと実際の手取り、さらに生活実感との違いを整理しやすくなります。
家計の実感を数字で確かめるには、給与明細の控除欄、消費者物価指数、実質賃金の月次データを合わせて見る習慣が役立ちます。年収の壁や給付付き税額控除など制度側の議論も進んでおり、自分の年収帯と働き方に関わる論点を、時点を意識しながら確認していくことがポイントです。
*1 出所)労働政策研究・研修機構(JILPT)「 2025年の実質賃金指数の前年比はマイナス1.3%で、4年連続のマイナスに(国内トピックス:ビジネス・レーバー・トレンド 2026年4月号)」
*2 出所)Money Canvas「 2026年春闘のポイントとは?2025年の振り返りと今後の展望」
*3 出所)日本年金機構「令和2年9月分(10月納付分)からの厚生年金保険料額表(令和8年度版)」
*4 出所)日本年金機構「国民年金保険料」
*5 出所)三菱UFJ銀行「住民税の計算方法は?計算シミュレーションや納付方法などわかりやすく解説」
*6 出所)衆議院「第221回国会 予算委員会 第15号(令和8年6月22日(月曜日))」
*7 出所)統計局「消費者物価指数に関するQ&A(回答)」
*8 出所)総務省統計局「消費者物価指数 全国 最新の月次結果」
*9 出所)労働政策研究・研修機構(JILPT)「2026年5月|最近の統計調査結果から」
*10 出所)内閣府「2025年度 日本経済レポート 物価高を乗り越え、「強い経済」の実現へ」
*11 出所)内閣府「令和8年度 年次経済財政報告(経済財政政策担当大臣報告)」
*12 出所)厚生労働省「令和8年度の年金額改定についてお知らせします 年金額は前年度から国民年金(基礎年金)が 1.9%の引上げ 厚生年金(報酬比例部分)が 2.0%の引上げです」
*13 出所)こども家庭庁「子ども・子育て支援金制度について」
*14 出所)内閣官房「給付付き税額控除のイメージ」
*15 出所)厚生労働省「短時間労働者の社会保険の加入拡大のポイント」
*16 出所)三菱UFJカード「年収の壁とは?扶養範囲内でいくらまで働けるのか徹底解説」
*17 出所)内閣官房「「給付付き税額控除」の制度導入の基本方針」










