脱炭素社会への円滑な移行を支える「トランジション・ファイナンス」とは

脱炭素社会への円滑な移行を支える「トランジション・ファイナンス」とは

現在は脱炭素社会に向けての取り組みが世界規模で進んでいます。
ただ、目指すべき脱炭素化が急速に実現するわけではありません。

トランジション・ファイナンスとは、脱炭素化に向けた移行(トランジション)段階に関する様々な取り組みを支援するための新たなファイナンス手法です。

その背景や国内外の動向、国が策定した基本方針について解説します。

トランジション・ファイナンスとは

経済産業省は、トランジション・ファイナンスを次のように定義しています。*1

トランジション・ファイナンスとは、脱炭素社会の実現に向けて長期的な戦略に則り、着実な温室効果ガス(GHG)削減の取り組みを行う企業に対し、その取り組みを支援することを目的とした新しいファイナンス手法です。*1

脱炭素社会を実現するためには、多額の資金供給が必要です。

再生可能エネルギーなどのように、すでに脱炭素社会の水準に達している事業もありますが、一方で、いまだ温室効果ガス(GHG)を大量に排出している産業もあります。

そうした産業を中心に、脱炭素化への移行段階の取り組みを支援するトランジション・ファイナンスは、重要な意味をもちます

図1【トランジション段階のイメージ】
出所)経済産業省「脱炭素への移行に向けた トランジション・ファイナンス

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トランジション・ファイナンスの国際動向

トランジション・ファイナンスを推進する動きは世界的に加速しています。
その動向をみていきましょう。

ルールづくりと議論

2019年から2021年にかけては、トランジション・ファイナンスの基盤となるルールづくりが進みました。*2

「国際資本市場協会(ICMA)」は、2020年12月に「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」(以下、「ICMAハンドブック」)を公表し、2023年に改訂しています。
OECD(経済協力開発機構)も、2022年10月にトランジション・ファイナンスに関するガイダンスを公表しました。

また、2023年には、金融機関の取り組みの評価やタクソノミー(分類)、開示基準など、トランジション・ファイナンスに関するさまざまな議論が進みました。*3

トランジション・ファイナンスの拡大に向けた取り組み

2024年2月、ICMAは”Transition Finance in the Debt Capital Market” を策定しました。 

本書は、トランジション・ファイナンスの種類を整理するとともに、トランジション・ファイナンスの拡大に向けた各国・イニシアティブの取り組みとして、タクソノミー、トランジション計画と開示、技術ロードマップ、野心性とベンチマークを提示しています。

本書には、日本の分野別ロードマップが取り上げられています。

「Asia Transition Finance Study Group(ATF SG)Annual Report 2023」

「ATF SG」は、2021年に東南アジアの金融機関を中心に発足したイニシアティブで、アジアにおける公正で秩序あるトランジションの達成を支援することを目的としています。

「ATF SG」の事務局メンバーとして、同SGのさまざまな活動をリードしてきたMUFG銀行は、2023年に年次報告書を発表しました。*4

この報告書では、トランジション・ファイナンスの推進に向け、各国政府や他のステークホルダーが必要とする支援策の進捗状況を検証しています。

また、トランジション・ファイナンスを加速させるための実現可能な手段について、 SG内の調査結果に基づいて論じており、今後もこうした活動を推進するためには、公的機関、企業、金融機関を中心としたあらゆるステークホルダー間の協力的な取り組みが重要であることを強調しています。

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トランジション・ファイナンスの国内動向

次に国内の動向をみていきましょう。

投資規模

国内のトランジション・ファイナンス投資は2021年以降、順調に拡大し、2023年12月までの累計調達額は1兆6,440億円にまで増加しました。*3

図2【日本の環境関連投資による資金調達額の推移】
出所)金融庁「事務局資料」p.8

「クライメート・トランジション・ボンド」

日本政府は、世界初の、政府によるトランジション・ボンドを2023年度以降10年間、毎年度、国会の議決を経た金額の範囲内で発行していくことを決めました。*1,*5

日本はGXを推進するために、今後10年間で150兆円超の官民投資が必要とされています。この支援に必要な資金を得るため、20兆円規模の「脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)」を発行していくことになったのです。

GX経済移行債は、これまでの国債(建設国債・特例国債・復興債等)と同一の金融商品として統合発行するだけでなく、評価機関から認証(Second Party Opinion)を取得し、国際標準に準拠した「クライメート・トランジション・ボンド」を個別銘柄として発行します。

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「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」

日本では、どのようなルールが策定されているのでしょうか。

「基本方針」の目的

金融庁、経済産業省、環境省は共同で「クライメート・トランジション・ファイナンスに関す
る基本指針」(以下、「基本指針」)を策定し、2021年に公表しました。*1
この指針は、事業会社、証券会社、銀行、評価機関、投資家に向けての手引書です。

トランジション・ファイナンスを普及させるためには、資金供給者と資金調達者の信頼性の確保が重要です。

「基本指針」策定の目的は、「トランジション・ファイナンス」という名前で資金調達を行う際の信頼性を確保することによって、特に温室効果ガス(GHG)排出を削減することが困難なセクターの事業会社がその地位を確立し、より多くの資金を脱炭素社会実現のために振り向けられるようにすることです。

「基本方針」のポイント

「基本方針」は上述の「ICMAハンドブック」の内容をふまえ、資金調達を目的とした債券の発行に際して、その信頼性を担保するための4要素の開示を推奨しています。*6

その4要素とは、「戦略とガバナンス」「マテリアリティ(重要性)」「科学的根拠」「透明性」で
す。
「基本方針」では、これらの要素ごとに、開示に関する論点と対応方法が示されています。

トランジション・ファイナンスの位置づけ

「基本指針」では、トランジション・ファイナンスの位置づけを下の図3のように表しています。

図3【トランジション・ファイナンスの位置づけ】
出所)金融庁・経済産業省・環境省「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」p.6

資金調達者はパリ協定と整合した長期目標を実現するための明確な戦略を、資金供給側から求められます。
そのため、トランジション・ファイナンスは、将来に対して野心的な取り組みを担保する主体へのファイナンスであり、脱炭素社会の実現に向けて極めて重要な手段だと位置づけられています

なお、パリ協定では、温室効果ガス排出削減の長期目標として、世界的な平均気温の上昇を産業革命前と比べて少なくとも2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすることが世界共通の長期目標と定められました。またその後のIPCCの1.5℃特別報告書では、今世紀後半に人為的な温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロとすることが盛り込まれています。*7

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「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」

金融庁、経済産業省、環境省は2023年6月に、「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」(以下、「ガイダンス」)を公表しました。*1

「ガイダンス」は、資金供給後のトランジション戦略の着実な実行と企業価値向上への貢献を担保するために、金融機関向けに示した手引き書で、トランジション・ファイナンスに関する戦略、目標、対象事業の進捗を確認する際に考慮すべきポイントを示しています。*8,*9

また、資金供給者と資金調達者は信頼関係を醸成し、脱炭素化に向けた適切な資金調達につなげていくための対話を目指すことが重要だと強調しています。*8

図4【フォローアップのイメージ図】
出所)金融庁・経済産業省・環境省「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」p.4

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おわりに

脱炭素社会は地球規模で目指すべき将来像でありますが、それに向けた移行段階にあっては、多額の資金供給が必要です。技術面およびコスト面の双方において、すべての国・地域や産業が一足飛びに脱炭素化が可能なわけではなく、その時点での先端技術を導入することで、温室効果ガス(GHG)の排出を最大限に低減することが必要です。
国際社会は、そのための資金供給の手段として大きな役割を担うトランジション・ファイナンスの推進に乗り出し、急速に投資市場の規模が拡大しています。

その動向に今後も注目してみてはいかがでしょうか。

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