米国雇用統計は、投資家にとって非常に重要な指標と言われています。
この統計によって何が把握できるのでしょうか。
また、その影響はどのようなものでしょうか。
投資家にとって重要な指標である米国雇用統計について、概要、重視される理由、注目すべき統計項目、市場への影響について、わかりやすく説明します。
米国雇用統計とは
米国雇用統計(Current Employment Statistics)とは、アメリカの雇用情勢を示した統計指標で、米労働省労働統計局(BLS)が調査結果を発表します。*1
その内容についてみていきましょう。
調査対象と発表時期
米国雇用統計は、家計調査(Household data)と事業所調査(Establishment data)の2つの調査結果で構成されています。*2
家計調査の対象は、約6万世帯の一般家庭、法人化されていない自営業者、家族経営の無給労働者、農業関連労働者、民間の家事労働者、無給休暇の労働者です。
事業所調査の対象は、約11万9千の企業・政府機関、約62.9万の事業所の給与支払い帳簿を基に調査・集計します。
調査対象期間は毎月12日を含む1週間で、発表日は原則として調査から3週間後の翌月第1金曜日、夏時間(サマータイム。3月第2日曜日から11月第1日曜日)の場合は日本時間で21時30分、それ以外の期間の冬時間の場合は、日本時間で22時30分です。*3
統計内容
米国雇用統計には、「失業率」、「非農業部門雇用者数」、「平均時給」、「週労働時間」、「建設業就業者数」、「製造業就業者数」、「小売業就業者数」、「金融業就業者数」など、雇用に関するデータが10数項目、含まれています。 *2
家計調査では、「失業率」や「労働参加率」などが集計されます。
失業率は年齢別、人種別、学歴別などに細分化されています。また、失業期間の長さや、失業理由、パートタイムとして働いている理由などのデータも公表されています。
事業所調査では、「雇用者数」や「平均時給」、「平均労働時間」などが集計され、雇用者数は、非農業部門のほか、民間部門と政府部門、業種別に分けられたデータが公表されています。
このうち特に注目される数字は、「非農業部門雇用者数」、「失業率」、「平均時給」の3項目です。*1
「非農業部門雇用者数」は、農業関連以外の産業で働く人の数やその増減をまとめたデータです。失業率は、アメリカ国内の失業者数を労働力人口(失業者数と就業者数の合計)で割った数値です。*3
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米国雇用統計の重要性
データ発表の前後には、為替や株が大きく動くことが多いため、米国雇用統計は、毎回、世界中の投資家の注目を集めています。*3
それはなぜでしょうか。
連邦準備制度理事会(FRB)が重視
さまざまな経済指標の中でも米国雇用統計が特に注目度が高い理由の1つは、アメリカの中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策を決める上で、大変、重視している経済統計だからです。*3
FRBの重要な役割は、国民の雇用を最大化することと、物価を安定させることです。*2
ただし、FRBは労働市場に直接介入する立場にはなく、そうした政策手段をもちません。
そのため、政策金利の調整などの金融政策を通じて経済活動の安定化を図り、結果として雇用が安定することを期待します。
次の図1は、FRBの金融政策決定までの流れを表しています。
図1【FRBの金融政策決定等までの流れ】
出所)MUFG 三菱UFG信託銀行「コラムVol.184 経済指標の見方・読み方:米国雇用関連指標編 ~雇用統計、ADP雇用統計、JOLTS等~」(2024年9月10日)
FRBの金融政策の動向は、米国長期金利やドル・円などの為替相場、さらには米国株式市場に対して大きな影響を及ぼします。
また同時に世界のGDP全体の2割を占めるアメリカの経済状況は、世界市場に大きな影響を与えるため、FRBが金融政策を決める上で重視する米国雇用統計は、世界の投資家の注目を集めているのです。*3
アメリカの雇用情勢は個人消費に直結
米国雇用統計が注目される要因は他にもあります。
それは、アメリカでの雇用情勢が個人消費に直結することです。*1
アメリカの個人消費は、同国のGDPの約7割前後を占める水準で推移し、そのため、消費者の雇用状況によって米国経済が左右されやすいという状況があるのです。
また、アメリカのGDPは世界のGDP全体の2割超を占めています。たとえば2023年の名目GDPは27兆3,609億ドルで、世界全体の26.0%でした。*4
このことも、米国雇用統計がアメリカ国内だけでなく、世界中の投資家から注目される理由です。
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米国雇用統計と市場の動向
米国雇用統計は単にトレンドを見るのではなく、市場予想との対比で見ることが主流です。*3
「市場予想(コンセンサス)」とは、経済調査機関が出した経済予想の平均値のことです。
米国雇用統計を見る場合、非農業部門雇用者数や失業率が市場予想に対して「ポジティブ・サプライズ(良い数字)」だったか「ネガティブ・サプライズ(悪い数字)」だったかによって、金融市場に与える影響が変わってきます。
それぞれの通貨の信用リスクが同等程度だと仮定して考えてみましょう。
雇用者数が市場予想を上回るときや、失業率が市場予想を下回るときは、市場予想より景気が良いことを意味します。
そのような場合、一般的には消費が増えるので、企業の売り上げが増加して業績が向上し、企業価値が高まることで株価は上がる可能性が高いと考えられます。
景気が好転すると個人や企業の間で投資や事業拡大などの長期資金需要が増えるため、米国長期金利が上昇する傾向にあります。
国家間での金利差が広がると、金利の低い国の通貨を売り、金利が高い国の通貨を買った方が多くの金利差益を得られるため、相対的に金利の高くなったドルは買われやすくなります。
一方、雇用者数が市場予想を下回るときや、失業率が市場予想を上回るときは、市場予想より景気が悪いことを意味します。
そのような場合には、一般的には消費は減るので、企業の売り上げが減少して業績が低下し、企業価値が下がることで株価も下がる可能性が高いと考えられます。
また、資金需要の減退に連動した米国長期金利の低下により、ドルが売られやすくなる傾向があります。
ただし、経済統計に対する市場の反応はその時々で異なり、必ずしも上記のような一般的に想定される傾向どおりに金融市場が動くとは限らないため、留意が必要です。
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最近の米国雇用統計の推移
ケーススタディとして、最近の米国雇用統計の状況をみていきましょう。*5*6
2024年9月6日に8月の雇用統計が公表されました。
失業率は、前月から0.03ポイント低下して4.2%となり、市場予想と一致しました。
非農業部門の雇用者数の伸びも低い水準にとどまり、14万2,000人増と、市場予想16万4,000人増を下回りました。6月の数値と7月の数値もそれぞれ大きく下方修正されました。
平均時給は35.36ドルで前月比0.4%増、前年同月比3.8%増と伸びがやや上昇し、いずれも市場予想をやや上回りました。
8月に、FRBのパウエル議長は9月の利下げ開始を事実上明言していました。
景気減速が懸念されるなか、政策金利を引き下げて、個人や企業がお金を借りやすくし、消費や投資を刺激する狙いがあります。
金融政策に対して、8月の雇用情勢がどのような影響を与えたのか振り返り分析してみるのも、有益ではないでしょうか。
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おわりに
これまでみてきたように、米国雇用統計は金融市場に大きな影響を与える重要な経済指標であることが分かります。
投資に関心がある方は、経済調査機関の専門家が出した市場予想(コンセンサス)やそれに注目する世界中の投資家の動向に注目してみてはいかがでしょうか。
*1 出所)東京証券取引所 東証マネ部!「米雇用統計とはどのような指標?注目を集める理由を解説」(2023年1月7日)
*2 出所)MUFG 三菱UFG信託銀行「コラムVol.184 経済指標の見方・読み方:米国雇用関連指標編 ~雇用統計、ADP雇用統計、JOLTS等~」(2024年9月10日)
*3 出所)MUFG 三菱UFJモルガン・スタンレー証券「世界の投資家が注目。なぜ「米国雇用統計」は重要指標なのか?」(2022年12月30日)
*4 出所)外務省「主要経済指標」
*5 出所)経済産業省「通商白書2024」
*6 出所)アメリカ合衆国労働省労働統計局