日本企業では、研究開発によって得られた技術のうち、事業化されないものの多くが消滅しています。
特に研究開発投資が多くの割合を占める大企業には、イノベーションにつながり得るにもかかわらず、多くの優れた技術が事業化されないまま埋もれてしまっているという状況があります。
そうした技術や事業を大企業本体から切り出し、新たにスタートアップを設立する手法を「スタートアップ創出型カーブアウト」と呼びます。
独立によって意思決定を迅速化して事業拡大が見込めれば、市場からの資金調達が期待でき、技術革新が促進します。
国が旗振り役となり、岸田首相が2022年1月に宣言した「スタートアップ創出元年」を起点として関係各省庁が各種支援策を打ち出しています。そのなかで今回は、経済産業省が公表した「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」を手がかりに、「カーブアウト」のしくみと意義、大企業に求められていることについて解説します。*1
「スタートアップ創出型カーブアウト」とは
まず、ここで取り上げる「カーブアウト」とは何かを押さえた上で、「カーブアウト」推進の背景についてみていきます。
「カーブアウト」の定義
「カーブアウト」とは、一般的には、「経営戦略の一環として、親会社が子会社や自社事業の一部を切り出し、新しい会社として独立させる行為」を指します。*2
しかし、経済産業省が推進しようとしているのは、「スタートアップ創出型カーブアウト」です。
「スタートアップ創出型カーブアウト」とは、⾃社組織の、組織OS(組織風土・カルチャー) ・組織的能⼒・資⾦⼒・成長スピードなどの限界によって利用しきれていない技術を事業化するために、事業会社とは別の法⼈を創設することです。*2
創出される事業体はスタートアップであり、VC(ベンチャーキャピタル)から資⾦を調達して、急速な事業成⻑を⽬指す企業です。
ベンチャーキャピタル(以下、VC)とは、スタートアップ・ベンチャーなど、高い成長率が見込まれる未上場企業に対して、主に出資の形で投資を行う組織のことです。*3
「スタートアップ創出型カーブアウト」推進の背景
日本の民間企業による研究開発のうち、約9割を従業員500名以上の大企業が担っています。しかし、大企業での事業化に活用されなかった技術の63%がそのまま消滅しています。*2
図1【「スタートアップ創出型カーブアウト」のイメージ図】
出所)経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践の「ガイダンス」について」 p.3
このように、大企業に蓄積されている有益な技術を有効活用しようとするのが、「スタートアップ創出型カーブアウト」です。*4
図2【「スタートアップ創出型カーブアウトのイメージ」
出所)経済産業省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」(2024年9月)p.23
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「起業家主導型カーブアウト」の手法
経済産業省が公表した「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」(以下、「ガイダンス」)では、「スタートアップ創出型カーブアウト」の中でも、「起業家主導型」に着目しています。
その手法とはどのようなものでしょうか。
「起業家主導型カーブアウト」への着目
「スタートアップ創出型カーブアウト」は、起業する主体によって、「起業家主導型」と「事業会社主導型」の2つに大別されますが、「ガイダンス」が着目するのは、「起業家主導型」の方です。*2
起業家が主導してカーブアウトのプロセスやその後の経営に取り組む「起業家主導型」は、そのプロセスがボトムアップで進むがゆえに、対象となる技術の捉え方や創設されるスタートアップに期待される成長速度などの基本的な認識について事業会社と起業家との間に齟齬が生じやすい一方で、事業化されていない技術をスタートアップ化することによって、事業会社の枠組みでは調達できないような豊富な経営資源を調達することができ、急速な事業成長を実現できる可能性が高いからです。
ただし、「ガイダンス」は「事業会社主導型」を否定しているわけではありません。
積極的な成長が期待できる領域では、事業会社が主体になってカーブアウトに取り組むことも、新規事業を創出する有力な手法だからです。
スタートアップ創出の流れ
「起業家主導型カーブアウト」のスタートアップ創出を主導する人は、元の事業会社を退職し、自ら出資しつつスタートアップを設立します。
そして、元の事業会社から、知財の譲渡やライセンス付与などによって技術の利用権の提供を受け、起業家としてスタートアップの経営に専念します。*2
スタートアップ設立の際には、関係する技術者や事業をカバーする社員も元の事業会社を退職して、スタートアップに参画する場合もあります。
また、企業の研究者がCEOには就任せず、CTO(最高技術責任者)のような形で関与し、社外の起業家や客員起業家が経営を担うケースもあります。
「起業家主導型カーブアウト」は、当初の事業資金を賄うためにVCからの外部資金を獲得する必要があります。そのため、事業会社と極力円滑な関係を維持しつつ、VCに投資対象と見なされる枠組みを作る必要があります。
図3【「スタートアップ創出型カーブアウト」のイメージ図】
出所)経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンスについて」 p.2
一方、元の事業会社は、こうしたカーブアウトを経営戦略のひとつとして位置づけ、スタートアップの事業成長に必要な経営資源を提供します。ただし、出資を行う場合には、スタートアップの独立性を維持するために、少額に留めることが重要です。
カーブアウトによって創出される事業体はあくまでスタートアップであり、元の事業会社とは独立して、起業家自身の責任や判断によって事業開発・研究開発を進める事業体です。
「ガイダンス」では、そうした観点から、スタートアップ創業直後の元の事業会社の持ち株比率にかかわらず、経営の主導権がスタートアップ側にあり、スタートアップとしてのファイナンスを行いながら事業を進めることが資本政策に盛り込まれている場合は、それも「起業家主導型カーブアウト」に含まれるとしています。
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「スタートアップ創出型カーブアウト」の意義
最後に、「スタートアップ創出型カーブアウト」の意義についてみていきましょう。
国にとっての意義と支援策
「ガイダンス」では、「スタートアップ創出型カーブアウト」の推進には、以下の5つの意義があると述べられています。*2
表1【「スタートアップ創出型カーブアウト」を推進する国にとっての意義】
出所)経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践の「ガイダンス」」(2024年6月) p.6
このような「スタートアップ創出型カーブアウト」を推進するために、国は10億円の予算をつけ、「カーブアウト加速等支援事業」を行っています。*4
この事業では、研究開発費の助成や専門家による伴走、さらにその促進のための経営人材などのマッチングや技術シーズの発掘などを支援しています。
また、ガイダンスをとりまとめたのは、「起業家主導型カーブアウト実践のためのガイダンス」が初めてであり、今後は「ガイダンス」の普及のために実証事業を行う予定です。*5
元の事業会社にとっての意義
元の事業会社にとって「スタートアップ創出型カーブアウト」は、自社の技術や知財、人材などの経営資源を外部に切り出す判断であるため、短期的には収益を獲得することは難しいものと捉えられる傾向があります。*2
しかし、中長期的な事業の継続可能性向上のためには、既存事業を深化させるだけでなく、新規領域の探索を行い、そこから生み出されるイノベーションによって新規事業を創出することが不可欠です。
「ガイダンス」は、イノベーションを生み出す手法としての「スタートアップ創出型カーブアウト」は、元の事業会社にとっても、以下の3つの意義があると指摘しています。*2
表2【「スタートアップ創出型カーブアウト」を推進する、元の事業会社にとっての意義】
出所)経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践の「ガイダンス」について」 p.5
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おわりに
これまで大企業に蓄積されるだけで、消滅するしかなかった有益な技術をスタートアップ創出によって有効活用しようとするこれらの動きは、新たな市場を獲得する戦略でもあります。アメリカや中国に遅れていると言われるこれらの創業支援の分野において、国が支援することで多くのスタートアップ企業が生まれ、経済活性化に繋がることが期待されています。*6
その動向に注目してみてはいかがでしょうか。
*1 出所)内閣官房「スタートアップ育成ポータルサイト (随時更新中)」
*2 出所)経済産業省「起業家主導型カーブアウト実践の「ガイダンス」」(2024年6月)p.2, p.3, p.5, p.6, p.8, p.9, p.10, p.11, p.13, p.38
*3 出所)東大IPC「VCとは」
*4 出所)経済産業省「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」(2024年9月)p.23
*5 出所)経済産業省「事業会社からのスタートアップ創出を促すための「起業家主導型カーブアウト実践の「ガイダンス」」を取りまとめました」(2024年4月26日)
*6 出所)内閣府「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」