- 2024.08.26
- mattoco Life編集部
投資にとっても重要な「人的資本」 その人材戦略のあり方を示す「人材版伊藤レポート2.0」とは?
「人的資本経営」に注目が集まっています。
それは、企業にとって「待ったなし」の経営戦略であるだけでなく、投資においても重要な意味をもちます。
2022年、人的資本に基づく「人材戦略」のあり方について提言した「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。
その内容とはどのようなものでしょうか。
「人的資本」と「人的資本経営」
まず、人的資本と人的基本経営がどのようなものか押さえていきましょう。
「人的資本」とは、人材が価値を創造する源泉である「資本」としての性質をもつことに着目した表現です。*1
一般的に、人材はこれまで「人的資源(Human Resource)」と捉えられてきました。
この表現は「既に持っているものを使う、今あるものを消費する」ということを含意します。*2
そのため、「人的資源」という考え方では、マネジメントは「いかにその使用・消費を管理するか」という方向性になり、人材に投じる資金も「費用(コスト)」として捉えられることになります。
しかし、人材は、教育や研修、また日々の業務を通じて成長し、付加価値創造の担い手となる存在です。
また、企業は、事業環境の変化や経営戦略の転換にともなって、随時、必要な人材を外部から登用・確保することもあるでしょう。
そこで、人材を「人的資本(Human Capital)」として捉え、「状況に応じて必要な人的資本を確保する」という考え方へと転換する必要があります。
このように捉えると、マネジメントの方向性も「管理」から人材の成長を通じた「価値創造」へと変わり、人材に投じる資金は価値創造に向けた「投資」となるのです。
こうした考えに基づき「人的資本経営」を推進する経済産業省は、人的資本経営を次のように定義しています。*3
「人的資本」と投資
では、人的資本はなぜ、投資においても重要な意味をもつのでしょうか。
投資における企業評価
人的資本への投資によってイノベーションが生まれると、それが社会の課題解決につながり、それに見合った利益が得られるようになります。
政府は、こうした人的資本を、「新しい資本主義」が目指す、成長と分配の好循環を実現するための鍵であると考えています。*1
そして、こうした認識は、企業だけでなく、投資家の間でも広がりつつあります。
現在では、多くの投資家が、企業が将来の成長・収益力を確保するためにどのような人材を必要としていて、具体的にどのような取り組みを行っているのかに注目しています。
そして、人材戦略に関する経営者からの説明を期待しています。
投資家は、人的資本への戦略的な投資が、社会のサステナビリティと企業の成長・収益力の両立を図る「サステナビリティ経営」の観点からも重要な要素と捉えています。*1
人的資本の可視化
こうした動きを加速させるためには、企業経営者が自社の人的資本への投資や人材戦略のあり方を投資家や資本市場に対して分かりやすく伝えていく「人的資本の可視化」が不可欠です。
また投資家は、可視化された企業の人材戦略を適切に評価し、フィードバックを行うとともに、企業評価に組み込むことが期待されています。*1
こうした流れをふまえ、政府は2022年8月に「人的資本可視化指針」を公表しました。
さらに、2023年1月31日、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の一部が改正され、証券報告書を発行する約4,000社の企業を対象に、3月期決算から人的資本に関する情報開示が義務化されました。*4
人的資本と投資とは、密接につながりのある関係性です。
「人材版伊藤レポート2.0」とは
「人的資本可視化指針」では、2020年9月に公表された「人材版伊藤レポート」と2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」の2つのレポートを同指針と併せて活用することで、人材戦略の実践(人的資本への投資)とその可視化の相乗効果が期待できるとしています。*1
人的資本の可視化の前提となる「人材戦略」の策定とその実践については、これらのレポートが、既に多くの企業経営者・実務担当者・投資家に参照されているからです。
レポートの内容についてみていきましょう。
「人材版伊藤レポート」から「人材版伊藤レポート2.0」へ
「人材版伊藤レポート」は、経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」の成果として公表されました。*5
このレポートでは、人的資本を視座に据え、後述する「3P・5Fモデル」を提唱して、3つの視点と5つの共通要素を提示しています。
そこで特に強調されているのが、「経営戦略と人材戦略が同期しているか」という視点です。
いわば、「人材版伊藤レポート」は人事戦略のパラダイムシフト(価値観の転換)を迫るための問題提起でした。
しかし、問題を受け止めただけでは成果は得られません。
そこで再び2021年7月に「人的資本経営の実現に向けた検討会」を立ち上げ、より議論を深めて、実践的なアイディアや施策、視点を提示することになりました。
その成果を結実させたのが、翌年公表された「人材版伊藤レポート2.0」です。
同レポートには、先進的な取り組みをしている企業の事例集も盛り込まれています。
下の表1は、それぞれのレポートの概要をまとめたものです。
表1【「人材版伊藤レポート」と「人材版伊藤レポート2.0」の概要】
出所)内閣官房「「人的資本可視化指針」(2022年8月)p.3
「3P・5Fモデル」
「人材版伊藤レポート」では、持続的な企業価値向上に向けた変革の方向性、経営陣・取締役会・投資家が果たすべき役割、人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素を整理しています。
これが上述の「3P・5Fモデル」です。
3Pとは、以下の3つの視点を指します。*2
- 経営戦略と人材戦略の連動
- As is(現在の姿)-To be(目指すべき姿)の ギャップの定量把握
- 人材戦略の実行プロセスを通じた企業文化への定着
5Fとは、以下の5つの共通要素を指します。
- 動的な人材ポートフォリオ、個人・組織の活性化
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 従業員エンゲージメント
- 時間や場所にとらわれない働き方
「人材版伊藤レポート2.0」とは
「人材版伊藤レポート2.0」の内容をみていきましょう。
全体像
「人材版伊藤レポート2.0」は、「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みを具体化させようとする際に、実行に移すべき取り組みやその重要性、取り組みの際に有益な工夫が掲載されています。*1
ただし、それらを提示された通りに実践することを求めているのではなく、「アイディアの引き出し」という位置づけです。
以下の図1は「人材版伊藤レポート2.0」の全体像です。
図1【「人材版伊藤レポート2.0」の全体像】
出所)内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月)p.5
最重要事項は「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」
図1のように、その内容は盛りだくさんですが、最重要事項は、3つの視点の1つ目である「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」です。*5
したがって、「一度に多くのことはできない」「何から手を着けたら良いか分からない」といった企業には、第一歩として「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」が推奨されています。
その中でも特に、「CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の設置」と「全社的経営課題の抽出」が、最も重要なステップです。
CHROは、経営陣の一員として人材戦略の策定と実行を担う責任者であり、社員・投資家を含むステークホルダーとの対話を主導する人材を指します。
その職務は、人材戦略を自ら起案し、CEO(最高経営責任者)・CFO(最高財務責任者)などの経営陣、取締役と定期的に議論し、実効的な人材戦略を策定すること。
そのためには、本社での戦略スタッフとしての経験とともに、事業側で成果責任を担った経験が有益です。
また、「全社的経営課題の抽出」に関しては、CEO・CHROが経営戦略実現の障害となる人材面の課題を整理し、経営陣や取締役と議論することが必要であると指摘されています。
その際、特に自社固有の優先課題と対応方針を示すとともに、改善の進捗状況も共有することが大切です。*5
おわりに
人的資本経営は、企業にとって重要な経営戦略であるだけでなく、投資における企業評価という観点からも重要な意味をもちます。
有価証券報告書を発行する企業には、既に人的資本に関する情報開示が義務化されています。
投資の際には、開示された情報や今後の動向に留意する必要があるでしょう。
*1 出所)内閣官房「人的資本可視化指針」(2022年8月)p.1,p.4,p.3,p.5
*2 出所)経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート」(2020年9月)p.9,p.32
*3 出所)経済産業省「人的資本経営~人材の価値を最大限に引き出す~」
*4 出所)経済産業省「健康経営の推進について」(2024年3月)p.49
*5 出所)経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)pp.1-3,p.11