最近「リスキリング」という言葉をよく耳にするようになってきました。
海外では既に潮流となっているリスキリングですが、日本の政府も5年間で1兆円を投じることを決め、いよいよ本格的なリスキリング支援に乗り出しています。*1
そもそもリスキリングはどのようなものなのでしょうか。
リスキリングの概要についてわかりやすく解説し、国内外の動向をご紹介します。
リスキリングの定義
リスキリングは、従来、「仕事の現場で新たに求められるスキルを従業員に習得させる、企業主導の取り組み」「社員の学び直しへの投資」と捉えられてきました。
ただ最近では、社内の取り組みだけでなく転職も見据えた以下のような定義もあります。
内閣府が2023年6月に公表したいわゆる「骨太方針」でも、リスキリングを転職も視野に入れた社内外の取り組みと捉えています。*1
「学び直し(リカレント教育)」との違い
リスキリングは「学び直し(リカレント教育)」としばしば混同されますが、両者には以下のような違いがあります。
- リカレント教育の主体は主に個人であるのに対して、リスキリングは従来、企業主体の取り組みである
- リカレント教育は「働く、学ぶ、働く」というサイクルを回し続けることであるのに対して、リスキリングは「これからも職業で価値創出し続けるために」「必要なスキル」を学ぶという点が強調されている
- リカレント教育は新しいことを学ぶために「職を離れる」ことが前提になっているのに対して、リスキリングは社内においても行われることがある
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リスキリング推進の背景
では、なぜ現在、リスキリングが世界の潮流となっているのでしょうか。その背景を探っていきましょう。
DX推進と必要なスキルの不足
現在は世界的にDX(デジタルトランスフォーメーション:進化したデジタル技術を活用した社会改革)が推進されており、80年代のパソコン拡大期以上に、必要とされるスキルの代替が急速に進む可能性が高いといわれています。
「技術革新により必要となるスキル」と、「現在の従業員のスキル」との間のギャップを多くの企業が認識しているという調査結果もあります。*3
このように、短期間にスキル需要と供給のギャップが生じたため、転職が珍しくない欧米でも社員の学び直しへの投資(リスキリング)が経営の最重要課題となっています。
こうした状況の下、多くの米国企業が危機感を抱き、巨額の育成投資を実行してリスキリングを始めているのです。
人への投資
欧米のようにジョブ型雇用(企業が必要な職務で雇用する雇用方法)が一般的な社会では、年功序列とは違って、スキルを高めなければ給料が増えないので、社員も応募者も自己研さんに熱心で、人材育成を積極的に行っている企業に就職・転職しようとします。
企業の方でも、優秀な人材を引きつけるため、人材育成投資を増やしています。
欧米企業では人材育成に多くのリソース(資源)を割いています(図1)。
一方、日本の投資額は欧米に比べ低水準であり、年々減少傾向にあります。
図1【人材への投資】
出所)経済産業省「未来人材ビジョン」(2022年4月)p.40
人的資本経営の推進
日本政府は現在、「人的資本経営」を推進しようとしています。
「人的資本経営」とは、企業競争力の源泉は人材であるという認識に基づくコンセプトで、企業価値向上につながる「人的資本」の形成をもたらす経営を指します。*4
2022年に公表された「人材版伊藤レポート2.0」は、人的資本経営を実践する際の具体的な方策を示すものですが、その中には、「経営環境の急速な変化に対応するためには、社員のリスキルを促す必要がある」と述べられています。*5
こうした方向性を受けて、2023年6月に公表された「骨太方針」には、「リスキリングによる能力向上支援」として、現在企業経由が中心となっている在職者への学び直し支援策を打ち出し、5年で1兆円の「人への投資」施策パッケージの拡充をはかると明記されています。*1
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リスキリングの動向
世界経済会議(ダボス会議)では、2018年から連続して「リスキル革命」と銘打ったセッションが行われ、「2030年までに全世界で10億人をリスキリングする」宣言がなされました。*6
では、実際にどのような取り組みがされているのか、日本の動向をみていきましょう。
日本の取り組み
経済産業省は、2023年6月、令和4年度補正予算額753億円を投じて、企業間・産業間の転職の円滑化とリスキリングを一体的に促進するための施策「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」を発表しました(図2)。*7
図2【リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業】
出所)経済産業省「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業>リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業とは?」
この事業では、在職者が自分のキャリアについて民間の専門家に相談できる「キャリア相談対応」、それを踏まえてリスキリング講座を受講できる「リスキリング提供」、それらを踏まえた「転職支援」までを一体的に実施しています。
リスキリングを行う場合、厚生労働大臣が指定する講座であれば、修了した際に、受講費用の一部が支給される「教育訓練給付制度」もあります。*8
また、「日本リスキリングコンソーシアム」は、国や地方自治体、民間企業などが一体となって、日本全国あらゆる人のリスキリングに取り組む新たな試みです。*9
特設サイトで登録すれば、さまざまな企業によるトレーニングプログラムが受講でき、就職支援、副業・フリーランス・アルバイトなどの幅広いジョブマッチングの機会なども提供されます。
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おわりに
政府が「人への投資」を重視する方針を掲げ、個人のリスキリングへの支援に5年で1兆円を投じると表明したことによって、リスキリングが株式市場でも話題となり関心が集まっています。
これまでみてきたように、リスキリングの推進は日本においても待ったなしの急務です。今後もその動向に注目する必要があるでしょう。
*1 出所)内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2023 加速する新しい資本主義 ~未来への投資の拡大と構造的賃上げの実現~骨太(骨太方針2023)」p.4
*2 出所)経済産業省「リスキリングとは ―DX時代の人材戦略と世界の潮流―」p.6
*3 出所)経済産業省「未来人材ビジョン」(2022年4月)p.38
*4 出所)経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」
*5 出所)経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0~ 伊藤レポート」(2022年5月)p.57
*6 出所)world economic forum「リスキリングで、人を中心に据えた変革を」
*7 出所)経済産業省「リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業」
*8 出所)厚生労働省「教育訓練給付制度」
*9 出所)日本リスキリングコンソーシアム