2022年から2023年初め、米国やユーロ圏では中央銀行による利上げが行われました。理由は、各国で起きている「インフレ」です。中央銀行は、自国のインフレ率が高まってくると、それを抑えるために金利を上げます。
米国やユーロ圏と異なり、日本の中央銀行である日本銀行(以下、日銀)は、2023年1月時点でも利上げに踏み切っていません。このようにいうと、「2022年12月19日、20日の金融政策決定会合で、操作する長期金利の変動幅を±0.25%程度から±0.5%程度に広げたことで、長期金利が上昇したことは事実上の利上げ(金融引き締め)ではないの?」という疑問を持つ人がいると思います。しかし、日銀はこの見直しは利上げではないとしています。*1
現に、2023年1月17日、18日の金融政策決定会合後の日銀の発表では、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する旨の発表がされており、日銀は金融緩和姿勢を崩していないことがわかります。*2
では、日銀も利上げに動くときが来るのでしょうか。自分なりに予想を立てるためには、中央銀行が何を考えて政策金利を変更しているのかを知る必要があります。この記事では、中央銀行がどのような観点で利上げ、利下げの判断をしているのかを解説します。
インフレが起きると金利を上げる理由
各国の中央銀行は利上げや利下げの判断を、目標とするインフレ率と、現状のインフレ率を比較して行います。現状のインフレ率が目標値より高ければ利上げ、目標値より低ければ利下げの可能性が高まります。一般的に、中央銀行が利上げを行うと、民間金融機関の貸し出し金利も上がります。そうすると、法人や個人はお金が借りにくくなります。法人は巨額の資金が必要な投資を手控えたり、個人はローンを組んで家や車を買うのを躊躇する傾向が高まります。そのような法人や個人が増加することで、世の中のお金の動きが悪くなります。そして、国民の購買力の低下に繋がり、需要と供給の関係で物価が下がるという仕組みです。利上げは、経済の動きを悪くすることで物価を抑える効果があるといえます。
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米国やユーロ圏の利上げとは?
まずは、2022年中に利上げに動いた米国と、ユーロ圏の金融政策がどのような判断で行われたのかを見てみます。
FRBの利上げについて
米国の中央銀行に相当する機関はFRB(The Federal Reserve Board:連邦準備理事会)という名称です。年に8回、金融政策を決めるFOMC(Federal Open Market Committee:連邦公開市場委員会)という会合を開いています。FRBは、2020年3月に政策金利を1.50%〜1.75%水準から0%近辺に引き下げた後、しばらく利上げを見送ってきましたが、2022年3月15日〜16日に開かれたFOMC で、久々となる政策金利の年0.25%の引き上げを行いました。*3,4,5
その後もFOMCでは連続して利上げが決定されました。そして2023年1月31日、2月1日のFOMCでは0.25%の利上げを決定し政策金利は4.5%〜4.75%水準に到達しています。*6
本記事執筆時点(2023年2月4日)では、まだ連続利上げをいつ終了するかの目処は立っていません。
利上げの判断基準
ここで、パウエルFRB議長が、政策金利の低位維持から利上げに切り替えた2022年3月のFOMC後の声明を見ることで、利上げが何を根拠に判断されたのかを解説します。
同FOMC後にパウエル議長は下記のように発言しています。
ここで注目すべき点は、「the FOMC raised its policy interest rate by ¼ percentage point.」という「0.25%の政策金利の引き上げ」を表す発言の前に記載されている「the monetary policy goals that Congress has given us: maximum employment and price stability.」というコメントです。このコメントでは、金融政策のゴールを「雇用の最大化と物価の安定」としています。このことから、「FOMCでは、雇用と物価の動向を金融政策の判断基準にしている」ということがわかります。
物価については中央銀行が重視するのは当然ですが、「雇用の最大化」という言葉に疑問を持つ人はいると思います。なぜなら「雇用の最大化」と「物価の安定」は、矛盾するようにも感じられるからです。利上げをし、景気が悪くなれば人員を削減する企業が増える可能性があります。そうすると「物価は下げられたけど失業率が上がってしまった」ということが起き得るということです。
FOMCでは、「金利を上げたために大量の失業者が出てしまった」という事態を避けつつ、物価の安定を目指すための難しい議論をしているということです。
ちなみに、物価上昇率の目標値は当面は年2%程度とされています。2023年1月31日、2月1日のFOMC後の声明では、下記引用文のとおり「our 2 percent goal」という言葉を使っています。
さらに、バウエル議長は同声明でインフレについて下記のようにコメントしています。
食品とエネルギーを除くcore PCE(Personal Consumption Expenditures:個人消費支出)は、FRBが注目しているインフレ指標です。上記のコメントを読むと、2022年12月までの12ヶ月間のcore PCEは、4.4%上昇となっており目標の2%を超えていることが、利上げ継続の理由になったのだと理解できます。
金融業界では、FOMCの先行きについて、「次は利上げなのか、利上げだとしたら引き上げ幅はどのくらいなのか」ということや、「利下げはいつなのか、それともしばらくは据え置きなのか」といったようなことが話題になり、予想が飛び交います。多くの金融関係者が注目しているということです。
FOMCの政策金利の先行きについて興味がある人は、PCEのデータはもちろんですが、雇用統計や景気に関連する経済指標を観察し、自分なりの見解を出してみることをおすすめします。
ECB利上げについて
ユーロ圏の金融政策は、ECB(European Central Bank:欧州中央銀行)の政策理事会でまとめて行っています。ECBは2022年7月に11年ぶりとなる0.5%の利上げを実施しした後、複数回の利上げを行っており、2023年2月2日の政策理事会でも0.5%の利上げを決定しました。下記は、同利上げ発表のプレスリリースの一部です。
「2% medium-term target 」という言葉から、ECBもインフレ目標は2%としていることがわかります。ECBはHICP(消費者物価指数)をインフレ指標として観察しており、2023年1月の同指数の前年同月比上昇率は、総合指数で8.5%、エネルギーと未加工食品を除く指数で7.0%となっており、目標値を大幅に超えています。*7,8
このことが利上げの理由になっていると解釈できます。
さらに、上記引用文の「it expects to raise them further」という言葉から、2023年2月3日時点では利上げ打ち止めの目処はまだ立っていないことがわかりますが、次回3月の会合で同様に0.5%の利上げの可能性に言及しています。
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日銀の金融政策について
ここからは、日銀の金融政策について見ていきます。日銀は、「金融政策決定会合」という会議で、金融政策を決定します。当該会合がFRBでいうところのFOMCと同じ役割を果たします。日銀も、FRB、ECBと同様にインフレ率の目標を定めています。目標のインフレ率は、「消費者物価指数の前年比上昇率2%」としています。(2023年2月4日時点)
下記引用文のとおり、政府と日銀が2013年1月22日に発表した共同声明で、このことは示されています。
引用元:デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための 政府・日本銀行の政策連携について (共同声明)平成25年1月22日 内閣府 財務省 日本銀行
日銀は金融緩和を継続
冒頭で述べたとおり、日銀は2023年1月17日、18日の金融政策決定会合時点では金融緩和を継続しています。この点は、FRBとECBと異なる点です。
2022年12月20日の金融政策決定会合で、長期金利の変動幅を見直す変更を行いましたが、
これは長期金利を操作する幅を広げただけなので、「利上げ」ではありません。*1実際に、当該会合後の記者会見で、黒田日銀総裁は長期金利の変動幅の変更について下記のように説明しています。
長期金利の変動幅の拡大は、社債の発行などに対する悪影響を抑えるため、という旨が記載されています。この変更が事実上の利上げに当たらないのか、といった趣旨の質問に対しても、黒田日銀総裁は下記のとおり利上げではない旨の回答をしています。
日銀は、2023年1月17日、18日の金融政策決定会合でも利上げは行わず、金融緩和を継続しています。*2
日銀は利上げをするのか
いつかは日銀が利上げに動くことはあるのでしょうか。実は物価上昇率を理由に、「そろそろ利上げがあるのではないか」と考える人もいると思います。
日銀が金融緩和の継続を決定した2023年1月17日、18日の金融政策決定会合時点でわかっていた2022年11月の消費者物価指数の前年同月比の上昇率は、総合指数で3.8%上昇、生鮮食品を除く総合指数では3.7%の上昇、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数でも2.8%上昇となっており、一見すると、どの指標も目標である2%を超えているので、2023年1月に利上げがなかったのは不自然に感じられます。*9
しかし、同会合と同時に発表された「経済・物価情勢の展望」によると、2023年度の消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しは、+1.6%〜+1.8%となっており、2%を下回る予想になっています。*10
黒田日銀総裁は、2023年1月18日の金融政策決定会合後の記者会見で、下記引用文のとおりの発言をしており、日銀は「インフレ率が2%を超えたからすぐに利上げをする」といったような単純な判断をしているわけではないことがわかります。
また、同会合後の記者会見の質疑応答で黒田総裁は下記のように述べています。
このことから、日銀が利上げをするためには、円安や原料高による物価上昇が起きるだけでなく、賃上げが持続的に行われるような活力のある経済になることが必要だと思われます。
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各国の金融政策の動向は様々。経済動向を注視。
2%という共通のインフレ率の目標を持つFRB、ECB、日銀ですが、本記事で解説したとおり、各中央銀行の金融政策は異なっています。FRBとECBは2022年中に利上げに動きましたが、日銀は利上げを行っていません。
しかし、日本でも持続的な賃上げによる収入増が起きれば、日銀が利上げに動くときが来るかもしれません。消費者物価指数や日銀の物価予想の最新情報を注視することで、日銀の政策変更のきざしを見落とさないようにしたいものです。
*1 出所)2022年12月20日日本銀行 当面の金融政策運営について
*2 出所)2023年1月18日日本銀行 当面の金融政策運営について
*3 出所)FRB Transcript of Chair Powell's Press Conference -- March 3, 2020
*4 出所)FRB Transcript of Chair Powell’s Press Conference Call -- March 15, 2020
*5 出所)FRB Transcript of Chair Powell's Press Conference -- March 16, 2022
*6 出所)FRB Transcript of Chair Powell’s Press Conference February 1, 2023
*9 出所)総務省 2020年基準消費者物価指数 全国2022年(令和4年)11月分
*10 出所)日本銀行 経済・物価情勢の展望 2023年1月
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