日本では低インフレ、もしくはデフレの状態が長期間にわたって続いています。
30年前と現在を比べてみても、物価水準には大きな差が見られません。
実際に消費者物価は1993年から2020年にかけて、日本ではわずか約5%しか上昇していません。
これに対して米国では約79%の上昇を、ドイツでは約48%の上昇を見せています。*1
モノの価格が上がらないことは、消費者目線からは一見良いことのように感じられるかもしれませんが、そうとはいい切れません。
それはなぜなのでしょうか。
本記事ではその謎をわかりやすく解説し、インフレとデフレの仕組みについて、基本的なところから解説していきます。
インフレとデフレの基本
インフレは「インフレーション」の略語で、モノの価格が上昇する状態が続くことを意味します。
一方、デフレは「デフレーション」の略語で、モノの価格が下落する状態が続くことです。
同じ額のお金を持っていると仮定した場合、インフレにおいて購入できるモノの数はより少なくなり、デフレにおいて購入できるモノの数はより多くなります。
つまり、インフレではお金の価値が低くなり、デフレではお金の価値が高くなると言っても良いでしょう。
なお、インフレやデフレの状況は、「消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)」という指標を参考に把握するのが一般的です。
現在、日本銀行(日銀)がインフレ率(前年比で物価が上昇した割合)の目標を2%に設定しているように*2、緩やかなインフレが望ましい経済状況とされています。
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物価が変動する仕組み
物価の変動にはさまざまな要因が関係していますが、ここでは以下の2つの観点を紹介します。
- 需給ギャップ(GDPギャップ)
- マネーストック
では、それぞれ見ていきましょう。
需給ギャップ
需給ギャップとは、国における需要と供給の間に見られる差のことです。
大まかなイメージとしては、需要はモノを買おうとする力で、供給はモノを生産する力と考えておけばいいでしょう。
需要が供給よりも多いと需給ギャップはプラスとなります。
この状態では作ったモノがよく売れるので価格が上がりやすくなり、物価が上昇する要因となります。
逆に、需要が供給よりも少ないと需給ギャップはマイナスとなります。
この状態では作ったモノが余りやすくなり、価格が下がる方向に作用することから、物価が下落する要因となります。
マネーストック
マネーストックとは、金融機関全体から経済全体に供給された、市中において流通しているお金の量のことです。
どこまでをお金に含めるかによって定義分けがありますが、ここでは大まかに消費者や企業(金融機関を除く)が保有している現金や預金をイメージしてください。
モノの量が変わらない状態で世の中に流通するお金の量、つまりマネーストックが増えれば、同じモノを買うためにたくさんのお金が必要になり物価が上がります。
逆に、モノの量が変わらない状態でマネーストックが減れば、物価が下がる方向に作用します。
このように、マネーストックの増減は理論上、物価の上昇・下落に影響を与えると考えられます。
なお、日銀も金融政策を決定する際の参考指標の一つとして、マネーストックを利用しています。
ただし、特にバブル生成・崩壊以降の日本において、さまざまな要因で物価とマネーストックの関係が不安定になりました。
マネーストックは重要な概念ですが、あくまでも物価の仕組みを理解するための理論的な考え方という位置付けで、頭に入れておくとよいでしょう。
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景気と物価の関係
好景気とは、企業の業績が好調で働く人の収入も増えやすい状況を指す言葉です。
消費者はある程度価格が高くてもモノを購入しやすくなるため、基本的に物価は上昇していきます。
逆に不景気は、企業の業績がふるわず、働く人の収入も増えにくい状況を指します。
このときは、消費者もモノの購入に慎重になり売れにくくなるため、物価は下落しやすくなるのが通常です。
こういった形で、景気が良い状態ではインフレになり、景気が悪い状態ではデフレになるのが通常見られる関係です。
ただし、景気後退と同時にインフレが進む「スタグフレーション」と呼ばれる現象が起こることもあります。
これは、景気後退で人々の収入が上がらない中で物価が上がっていくという、非常に苦しい経済状況です。
単純にインフレであれば良いというわけではなく、それ以上に人々の収入が伸びていることが大切と言えるでしょう。
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デフレは結局、何が問題なの?
日本では長期間にわたってインフレ率が低迷している状態が続いており、インフレ率がマイナスとなるデフレにも悩まされてきました。
ここでは、モノの価格が下がるデフレが持つ問題点について見ていきましょう。
不景気になりやすい環境
消費者目線で直感的に考えると、モノが安く購入できることは喜ばしいかも知れません。
しかし経済全体に目を向けると、デフレはモノが売れにくくなる原因を生み出しています。
時間が経つにつれモノの価格が下がっていく状態が続くのであれば、今すぐに購入するよりもしばらく待ってから購入した方が安く手に入れられ合理的です。
つまり、物価が下がり続ける状況においては、消費者はモノを買うことを控えやすくなると考えられます。
またデフレにおいては、お金の価値が上がっていくと言い換えることもできます。
消費者にとってはお金を使わずに貯めておくことのメリットが大きくなるため、やはりモノを買うことを控える方へと向かいやすくなると考えられます。
このようなことから、物価が下落していく環境においてはモノが売れにくくなりやすいです。
モノが売れにくければ企業は業績を伸ばしにくくなり、不景気になりやすい環境と言えるでしょう。
悪循環していく不景気(デフレスパイラル)
デフレは単に不景気になりやすいだけでなく、それが悪循環となり進行していく性質もあります。
この「デフレスパイラル」と呼ばれる現象が起こるのは、次のような流れです。
デフレでは、物価が下落するため、企業の売上は下落しやすくなります。
企業は売上が下落するのに対応して、経費を減らそうとするため、例えば設備投資(他の企業にとっての売上)も控えたり、従業員への給料も抑えたりする意思が働きます。
結果的に、企業から給料を得ている消費者は収入が減ることとなり、消費者の購買力は落ちていきます。
消費者の購買力が落ちればモノが売れにくくなるため、企業は価格を下げざるを得ず、売上もさらに下落することになるでしょう。
このような、「物価が下落する→企業の売上が下落する→消費者の購買力が落ちる→物価が下落する」という負のループが起こりやすくなります。
デフレは放置すると長期化してしまう懸念があるため、非常に悩ましい経済状況と言えます。
消費者の目線に立ってみると、モノが安くなる以上に自分の収入が減っていくというのがデフレスパイラルの状況です。
モノの価格が安くなっても豊かになったと感じにくいのは、こういったところにも原因の一端があると考えて良いでしょう。
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物価を安定させるための金融政策
中央銀行(日本における日銀)の重要な役割の一つに物価を安定させることがあり、そのために中央銀行は金融政策を行っています。
ここで、物価を安定させるためにどのような金融政策が行われているかについて、簡単に見ていきましょう。
基本となる金融政策の考え方
基本的な金融政策の考え方として、金利を調整してマネーストックを増減させることが挙げられます。
金利が下がれば企業は金融機関からお金を借りやすくなり、多くのお金が金融機関から貸し出されることになります。
企業は借りたお金を設備投資や従業員の給料など事業活動のために使い、それは経済全体へと流れていくはずです。
こうしてマネーストックが増えればインフレ率は上昇し、物価はインフレ方向へと動くことが期待されます。
逆に金利が上がれば企業は金融機関からお金を借りにくくなり、金融機関から貸し出されるお金が減ることになります。
すると、今度はマネーストックが減ることになるためインフレ率が下落し、物価はデフレ方向へ動くと考えられます。
現在の非伝統的な金融政策
インフレ率が低迷している日本においては、金利を下げることが適切と考えられます。
しかし、日本では金利がほぼゼロ%と下げ余地がなくなったため、金利による物価の誘導が難しい状況が生じています。
そのため、現在ではこういった伝統的な基本の金融政策ではなく、非伝統的な金融政策が実施されています。
非伝統的な金融政策としては、例えば以下のようなものが挙げられます。
- 量的緩和政策
- マイナス金利政策
量的緩和政策は、日銀が金融機関から国債を大量に購入するなどして、金融機関にお金を供給します。
金利を下げるのではなく、金融機関が保有する日銀当座預金(金融機関が日銀に預けている当座預金)を拡大させることによって、景気回復を狙います。
また、マイナス金利政策とは、従来ゼロ%と考えられていた金利の下限を撤廃し、ゼロ%以下のマイナスとなるように利下げを行うことです。
現在の日本では、ごく一部ですが金融機関が保有する日銀当座預金にはマイナス金利が適用されています。
このように、現在の日本では、従来では想定されていなかったような非伝統的な金融政策が実行されています。
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経済の興味を広げよう
今回は、インフレとデフレの仕組みについて、基本的なところを中心に解説しました。
実際にはもっと複雑な議論が行われていますが、まずは今回紹介した考え方を押さえておくといいでしょう。
また、現在の日本は長引くデフレという状況の中で、従来とは異なる非伝統的な金融政策が行われていることにも触れました。
これに加えて、新型コロナウイルス感染症の流行という非常事態も重なり、今後の経済がどうなっていくかは予測が非常に困難な環境にあります。
自分の資産を守っていく上で、どういう経済状況に置かれているかを理解しておくことはとても大切です。
私たちにとって身近なモノの価格というテーマをきっかけに、経済への興味を広げていって下さい。
*1 出所)IMF「World Economic Outlook Database: October 2021」
*2 出所)日本銀行「金融政策の概要」