自動車産業は現在、大きな変革期を迎え、クルマの概念さえ変わろうとしています。そうした状況の中、さまざまなポテンシャルを秘めた電気自動車はその変革を支える重要なアイテムです。2021年1月、菅首相は国会の施政方針演説で、脱炭素社会実現に向けて、2035年までに新車販売で電動車100%の実現を表明しました。*1:p.37
今回は電気自動車推進の背景と主要国の取り組み状況、グローバルな市場動向を明らかにした上で、今後の市場変化を展望します。
電気自動車を推進する意義
電気自動車が推進されている背景にはどのような事情があるのでしょうか。
そもそも電気自動車とはどんな車か、というところから押さえていきましょう。
電気自動車の仕組みとメリット
電気自動車にはいくつかの種類がありますが、一般的には「EV」と呼ばれているものです。
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」参考資料p.7
「EV」はバッテリー(蓄電池)を搭載し、そこから得た電気を動力源にしてモーターを回転させて走行する車で、走行時に排出ガスは一切でません。*1:p.37
「PHV(プラグインハイブリッド自動車)」はバッテリーから得られる電気とガソリンで走るもので、外部から充電できるEVの特性ももっています。*2
「FCV(燃料電池自動車)」は、車載の水素と空気中の酸素を反応させて、「燃料電池」で発電し、その電気でモーターを回転させて走行します。水素はステーションで補給します。
走行時に排気されるのは水素と酸素の化学反応による水だけで、排出ガスは一切、発生しません。*1:p.37
これらの電気自動車に共通するコア技術は、モーター、バッテリー(電池)、インバーターです。*3:p.7
なお、以降、種類を問わないときには「電気自動車」と記し、種類を限定して述べるときには「EV」のように種類名を記すことにします。
以上のような電気自動車は外部への給電が可能な場合が多く、ふだんは太陽光等の余剰再生可能エネルギーによって充電し、必要なタイミングで放電させることで、再生可能エネルギーを最大限活用することが可能です。*1:p.37
また、電力系統の調整用の電源として活用することで、再生可能エネルギーの不安定さを補い、再生可能エネルギー導入が促進されます。
電気自動車の普及は、地球温暖化対策としてのカーボンニュートラルに貢献するのです。
さらに、災害時等の停電時には非常用電源としての活用が期待されています。
実際に、2019年の房総半島台風によって千葉県で発生した大規模停電の際には、自動車メーカー等がEV等を現地に配置しました(図2)。
出所)環境省(2021)「令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(PDF版)」p.37
推進の背景「CASE」
以上のメリットの他にも、電気自動車を推進すべき理由があります。現在、自動車産業は大変革期を迎え、産業構造が大きく変わろうとしています。そうした新たな潮流をCASEと呼びます。*3:p.1
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」p.1
CASEとは、図3のように、Connected(つながる化)、Autonomous(自動化)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)のそれぞれの頭文字を合わせたものです。
電気自動車は、このようなCASEを実現するための重要な要素です。
したがって、電気自動車は単に新しいタイプの自動車というだけではなく、私たちの社会を大きく変えるための大切な役割を担っているのです。
(目次へ戻る)
電気自動車をめぐるグローバルな市場動向
では、電気自動車の市場はどのような状況なのでしょうか。
電気自動車の普及状況
まず、電気自動車がどのくらい普及しているのか、日本国内からみていきましょう。*4:p.1
表1 日本の次世代自動車の販売台数(2019年)
出所)一般社団法人次世代自動車振興センター「日本政府の長期ゴール・次世代自動車普及状況」p.1
表1のうち、先ほどみたEV(電気自動車)、プラグイン・ハイブリッド自動車、燃料電池自動車を合計すると0.92%になり、1%にも満たないことから、日本国内での普及はまだまだ進んでいないことがわかります。では、世界全体ではどの程度普及しているのでしょうか。*5:p.1
出所)経済産業省「EV/PHV普及の現状について」p.1
図4のうち、ICEは従来のガソリン車で、電気自動車に該当するのは、Electric(電気自動車)、PHEV(プラグインハイブリッド自動車)、Fuel Cell(燃料電池自動車)です。
これらの割合を足すと、わずか1.505%で、日本国内同様、世界的にみても普及が進んでいないことがわかります。
ただし、このうちEVはコロナ禍にもかかわらず2020年の売上を伸ばしています。*6
国際エネルギー機関(IEA)が2021年4月に発表したところによると、コロナ危機による景気の落ち込みによって2020年は世界の自動車市場が16%縮小したにも拘わらず、EVの販売台数は前年比41%増の300万台に達しました。これは4.1%の販売シェアにあたります。
これで世界のEV保有台数は1,000万台に達しました。電気バスとトラックの登録台数も主要市場で拡大し、世界の在庫はそれぞれ60万台と31,000台に達しています。
次に、電気自動車のグローバルな市場動向をみてみましょう。
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」参考資料p.5
EV・PHVの生産規模は2013年の22万台から2017年の136万台へと拡⼤していますが、それを牽引しているのは、中国です。2013年3位から2017年1位へと飛躍した中国市場では、中国自動車メーカーがEV・PHV販売の大部分を占めており*3:参考資料p.5、他の国のメーカーが参入するのは難しそうです。
ただし、EVにフォーカスすると、2020年、ヨーロッパは初めて世界最大のEV市場となり、中国を追い抜きました。*6その背景には、電気自動車の購入への個人消費を促進するために、主にヨーロッパで強力なインセンティブが導入されたことが挙げられます。
電気自動車搭載のバッテリー市場動向
上述のとおり、電気自動車に共通するコア技術は、モーター、バッテリー、インバーターです。*3:参考資料p.7
特に、バッテリーは動力源である電気を蓄えておく装置なので、非常に重要です。日本の部品メーカーはこのバッテリー技術で世界をリードしていましたが、現在はどうなのでしょうか。
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」参考資料p.8
2013年には日本勢のシェアが75%であったものが、2016年には31%とかなり減少しています。EV向け電池市場は急拡大していますが、中国、韓国メーカーのシェア拡大が顕著です。*3:参考資料p.8
電池の技術開発と量産化をめぐっては現在グローバルな競争が激化しています。*3:p.4
そのことについてこの後で詳しくみていきましょう。
(目次へ戻る)
電気自動車市場拡大の課題と展望
最後に電気自動車の市場拡大に向けての課題と展望について考えていきたいと思います。
上述のIEAの発表によると、2021年第1四半期もEVの販売増加が続いていて、2030年には世界のEV・バン・大型トラック・バスの保有台数は1億4,500万台に達すると予測されています。*6では、今後、確実に電気自動車を普及していくためには、どのような課題があるのでしょうか。
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」参考資料p.9
図7は、EVの推進に向けての課題を表しています。
さまざまな課題がありますが、このうち、先ほどみたバッテリーについてみていきましょう。
電気自動車のバッテリーをめぐる熾烈な国際競争
上述のとおり、バッテリーは電気自動車を支える重要な技術であり、EV生産コストの約3割を占める基幹部品です。*7各国はバッテリーについてどのような構想を抱いているのでしょうか。
出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」p.4
図8の「LIB」とはリチウム電池のことです。この図から、現在液体であるリチウム電池を固体化し、2030年代以降は革新型電池へと進化させていくという構想がみえてきます。
現在でも技術革新は続き、バッテリーのコストは下がり続けています。*6このまま技術革新が進めば、将来的にはガソリン車を上回るコストパフォーマンスも期待でき*3:p.4、それが電気自動車の普及を後押しするでしょう。
日本では、バッテリーを安定的に生産・供給するために、国内の関連企業約30社が新たな協議会を設置し、経済産業省と連携して戦略を練り、国際的な競争力を強化しようとしています。*7
政府の施策
自動車産業は製造業出荷の約2割(60兆円)を担い、関連製造業なども含めて約550万⼈の雇用を創出しています。*8:p.2自動車産業は基幹産業として日本の経済と雇用を支える重要な役割を果たしているのです。
経済産業省は、2022年度予算に、EVなどの購入経費を支援する補助金として、2021年度当初予算比の2倍の335億円を盛り込むことにしています。*9
また、ガソリン車からの脱却で既存部品の多くが不要となるため、部品メーカーの業態転換を後押しする新規事業にも4億円を充てます。
以上のように、日本では官民あげて、電気自動車の推進にあたっています。政府の掲げた目標が達成できるのか、今後グローバル市場で日本はどのような存在感を示すことができるのか、今後の動向から目が離せません。
*1 出所)環境省(2021)「令和3年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(PDF版)」
*2 参考)経済産業省(2018)「『電気自動車(EV)』だけじゃない?『xEV』で自動車の新時代を考える」
*3 出所)経産省(2018)「自動車新時代戦略会議(第1回)資料」
*4 出所)一般社団法人次世代自動車振興センター「日本政府の長期ゴール・次世代自動車普及状況」
*5 出所)経済産業省「EV/PHV普及の現状について」
*6 参考)IEA(2021)「 Grobal EV Outlook Overview」
*7 参考)読売オンライン「【独自】EV電池安定確保へ、官民30社がタッグ・・・中国に対抗」(2021/08/24)
*8 参考)経産省(2020)「モビリティの構造変化と2030年以降に向けた自動車政策の方向性に関する検討会 参考資料」
*9 参考)JiJi.com「経産省、1.4兆円要求 脱炭素・復興支援に重点―来年度予算」(2021/08/24)