ヘルスケアは個人の健康に寄与するだけでなく、企業経営や社会にも大きなメリットをもたらします。
そのヘルスケアを巡って最近注目されているのが、ウェアラブルの活用と民間投資の活性化です。その背景から、国内外の動向を見てみましょう。
ヘルスケアの重要性とその背景
ヘルスケアに注目が集まっています。
その背景には、超高齢社会と企業における健康経営の必要性という時代の要請があります。
まず、ヘルスケアの重要性を背景と関連づけてみていきます。
超高齢社会と社会保障給付金の増加
日本は既に高度な高齢社会ですが、高齢化は今後さらに進んでいくと推計されています(図1)。
図1 高齢化の推移と将来推計
出所) 内閣府(2019)「令和元年版高齢社会白書(概要版)第1章 高齢化の状況(第1節)」*1
2018年に65歳以上人口の割合は28.1%でしたが、高齢化は今後さらに進み、2065年には約2.6人に1人が65歳以上、約3.9人に1人が75歳以上になると推計されています*1。
高齢化の影響にはさまざまなものがありますが、ここでは社会保障給付費の増加にフォーカスします。
まず、年齢別1人当たりの年間医療費をみてみましょう(図2)。
図2 年齢別1人あたりの年間医療費内訳
出所)経済産業省「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」p.5*2
1人あたりの医療費はこの図のように、65歳以降で急速に増加します。
次に、医療費を含めた社会保障給付費全体についてみてみましょう(図3)。
図3 社会保障費の推移と将来推計
出所)経済産業省「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」p.4*2
社会保障給付費は年々増加していて、2016年度は118兆円を上回っていますが、こうした傾向は今後も続き、医療費も介護費も大幅に増加すると推計されています。
高齢化が進むなか、社会保障給付費の増加は深刻な課題です。
健康経営の必要性
「健康経営」もヘルスケアが注目を集めている重要な背景のひとつです。
株式会社日本政策投資銀行は、健康経営を以下のように定義しています*3:p.3。
現在、従業員の健康は、従業員個人の問題に留まらず、企業経営に大きな影響を与える重要な要素です*3:p.1-3。
先ほど図3でみたように、医療費は年々増加し、それが健康保険料の上昇を招き、結果として企業の負担増加につながっています。
また、図1でみたように、15歳から64歳までの生産年齢層の人的リソースが今後ますます不足するなか、高齢者の雇用促進は労働力確保のための有力な手段です。
したがって、従業員の健康管理はこれまで以上に重要な意味をもちます。
さらに、高齢者に限らず、従業員の健康保持・増進は人材の定着や生産性向上に欠かせない要素であり、企業イメージにも影響を与えます。
企業にとって従業員のヘルスケアは、経営的な視点から戦略的に実施していくべき課題であり、そのためにかかる費用を、コストとしてではなく、「投資」と捉えるのが、健康経営の考え方です(図4)。
図4 健康経営における健康投資のイメージ
出所)経済産業省(2016)「企業の『健康経営』ガイドブック 改訂第1版」p.3*3
実際に、健康経営への投資リターンが投資額の3倍だったという事例もあります(図5)。
図5 健康経営への投資に対するリターン例
出所)経済産業省 「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」p.13*4
この図は、アメリカに本社を置く多国籍企業が、世界250社、約11万4000人の社員に健康教育プログラムを提供し、その成果から、健康投資に対するリターンを試算したものです*4:p.13。
こうした「従業員への健康投資」は、株式市場の領域においても有益です*3:p.41。
ESG投資のS・「社会」に該当するため、現在、投資家の注目を集め、ESG投資を呼び込む要素ともなっているようです。
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ヘルスケアIT分野への民間投資活性化政策
現在、国はベンチャー企業を中心とするヘルスケアIT分野への民間投資を促進しています。
海外の投資規模と特徴
まず、投資額はどの程度でしょうか(図6)。
図6 ヘルスケアIT関連ベンチャーへの投資額の比較(2017年)
出所)経済産業省(2019) 経済産業省 ヘルスケア産業課「ヘルスケアIT分野への民間投資活性化に向けて」p.1*5
日本のヘルスケアITベンチャーへの投資額に比べ、米国は100倍、欧州と中国は15倍内外という規模で*5:p.1、日本は大きな伸びしろがありそうです。
次に、これらの国・地域におけるヘルスケアIT投資の特徴をみます(表1)。
表1 米国、欧州、中国におけるヘルスケアIT投資の特徴
出所)経済産業省(2019)「ヘルスケアIT分野への民間投資活性化に向けて」p.1*5
この表からわかるように、米国・欧州・中国では、それぞれの医療課題やニーズに合わせたサービスを展開しています。
日本におけるヘルスケアIT分野への投資活性化政策
経済産業省はこの分野における民間投資活性化のために研究会を立ち上げ、以下のようなコンセプトを公表しています*5:p.2。
こうした目標を達成するための具体的な方策については後述しますが、経済産業省はベンチャー企業をはじめイノベーションを必要とする多様な団体を支援するために、ワンストップ相談窓口を設けています(図7)。
図7 Healthcare Innovation Hub(通称:InnoHub)の概念図
出所)経済産業省(2019) 「ヘルスケアIT分野への民間投資活性化に向けて」p.8*5
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ウェアラブルによる次世代ヘルスケア
医療用ウェアラブル
医療用ウェアラブルは身に付けるだけで、血流、心拍数、体温、脳波、睡眠時間などさまざまな生体情報がモニタリングできるデバイスです*6:p.20-21。
ウェアラブル型ヘルスケア機器の世界市場は急拡大する見通しで、2020年の市場規模は2017年の3倍以上になると予測されています(図8)。
図8 ウェアラブル型ヘルスケア機器の世界市場
出所)経済産業省(2019)「ウェアラブルやデータ活用による疾病・介護予防や次世代ヘルスケア」p.10*8
ウェアラブルによる次世代ヘルスケアの事例
前述のヘルスケアIT分野に対する民間投資活性化の一環として、国はウェアラブルによる次世代ヘルスケアの推進に取り組んでいますが、最近はその成功例が増加しつつあります *7:p.1。
ここでは、そうした事例を2例ご紹介します。
図9 あいち健康の森健康科学総合センター「七福神」の仕組み
出所)あいち健康の森健康科学総合センター「IoT情報に基づく対象に応じた 「七福神アプリ」ロジック開発のための研究」p.2*8
まず、1例目は糖尿病に関する取り組みです。
あいち健康の森健康科学総合センターのチーム「七福神」の取組みでは、糖尿病患者がウェアラブル端末などで健康情報をセルフモニタリングし、情報を医療関係者と共有します。その情報に基づき、医師が個人の状態に合わせて診療や生活指導を行うというシステムです(図9)。
その際、患者に「伴走」するのが「七福神」アプリ。
図10 「七福神」アプリの概要
出所)国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(2020)「IoT活用による糖尿病重症化予防法の開発を目指した研究」p.10*9-1
患者の元には、七福神から自動フィードバックが届きます(図10)。
こうした日々の取り組みが糖尿病軽症者の生活習慣を変え、患者の健康状態改善という成果に結びつきました*7:p.5。
次に、2つ目の事例は、健康経営への支援に関する取組みです。
健康経営においては、ストレスのマネジメントと幸福度(well-being)の促進が重要です*9-2:p.5。
幸福度の高い社員は創造性が3倍、生産性が平均で31%、売り上げは37%高いというデータがあります。
また、仕事が原因でうつ病などの精神疾患にかかり、2018年度に労災申請したのは1,820件に上り、1983年度の統計開始以降、最多でした*9-2:p.4。
そこで、この研究では、うつとストレス、幸福度を客観的に定量・可視化することを目的としています。
図11 取得データの管理とうつ・ストレス・幸福度との突き合わせ
出所)慶應義塾大学ストレス研究センター岸本研究所(2020)「現場の負担を抑えたセンシングでストレスや幸福度を定量し 健康経営オフィスを実現するシステムの開発」 p.7*9-2
この図のように、脈波データと音声データはパソコンのソフトウェアによって、皮膚電位データはリストバンド型ウェアラブルによって取得します。
それらの生態情報は大学の研究室に送られ、研究チームが自律神経活動、緊張状態、ストレスなどを計測し、WEBのリンクを通して得たアンケート回答とも突き合わせて分析します。
これまでの分析によって、高/低 ストレス、高/低 幸福度状態の被験者間で、複数の生物学的指標に有意差が認められました*9-2:p.15。
今後、さらに詳細な分析を行い、その結果を職場や本人にフィードバックすることで、健康経営に寄与することが期待されています。
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おわりに
ウェアラブルによる次世代ヘルスケアは、個人の健康に寄与するだけでなく、超高齢社会における課題のソリューションとしても、企業の健康経営上も、さらに投資対象としても非常に魅力的な取組みです。
ウェアラブルの技術をさらに進化させ、ヘルスケア分野における革新的な取組みへと生かしていくことが望まれます。
*1 出所)内閣府(2019)「令和元年版高齢社会白書(概要版)第1章 高齢化の状況(第1節)」
*2 出所)経済産業省「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」
*3 出所)経済産業省(2016)経済産業省 商務情報政策局ヘルスケア産業課「企業の『健康経営』ガイドブック ~連携・協働による健康づくりのススメ~ (改訂第1版)」
*4 出所)経済産業省 「経済産業省における ヘルスケア産業政策について」
*5 出所)経済産業省(2019)ヘルスケア産業課「ヘルスケアIT分野への民間投資活性化に向けて」 (2019年9月11日)
*6 出所)総務省「ICTスキル総合習得教材 1-2:データ収集技術とウェアラブルデバイス」
*7 出所)経済産業省(2019)「ウェアラブルやデータ活用による 疾病・介護予防や次世代ヘルスケア」 (2019年2月)
*8 出所)あいち健康の森健康科学総合センター「IoT情報に基づく対象に応じた 「七福神アプリ」ロジック開発のための研究 ~『学習型七福神アプリ』の開発と生活習慣改善支援プログラムのsyu検討~」
*9 出所)国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(2020)令和元年度IoT等活用行動変容研究事業成果報告会(2020年2月12日)
*9-1 出所)国立国際医療研究センター「IoT活用による糖尿病重症化予防法の開発を目指した研究」 p.10
*9-2 出所)慶應義塾大学ストレス研究センター岸本研究所(2020)「現場の負担を抑えたセンシングでストレスや幸福度を定量し 健康経営オフィスを実現するシステムの開発」