自動運転を支える技術のひとつに、衛星測位システムがあります。
衛星測位システムというとGPSが思い浮かびますが、その日本版ともいえる「みちびき」を自動運転に活用する研究や実証実験が、現在、国内外で行われています。
それらは何を目指しているのでしょうか。
「みちびき」を活用した新たな自動運転の可能性について解説します。
日本独自の衛星測位システム「みちびき」とは
まず、「みちびき」について概観しましょう。
衛星からの電波によって位置情報を計算するシステムを衛星測位システムといいます。
米国防総省が運営するGPSが代表的なものですが、日本が独自に開発したのが「みちびき」です*1-1。
図1 みちびき2・4号機のCG画像
出典: 内閣府宇宙開発戦略推進事務局「みちびき2・4号機のCG画像」*1-2
必要性と特徴
では、現在、広く用いられているGPS以外に、なぜ日本独自のシステムが必要なのでしょうか。
衛星測位システムは、4機以上あれば測位自体は可能です。
もともと米軍が軍事用に開発したGPSは24機の衛星からなる大規模なシステムで、世界中のどこでも、最低でも4機以上の衛星からの電波を受信することが可能です*1-3。
ところが、GPSだけでは、高いビルが多い都市部や樹木のある山間部では電波が遮られて、位置情報が安定的に得られないという問題がありました。
そこで、GPSを補い、いつでもどこでも安定的に利用できる衛星測位サービスを実現するため、2018年11月から4機体制でみちびきの運用がスタートし、センチメータ級の測位が実現しました*1-1、*1-4、*2。
ここで、GPSとみちびきの軌道をみてみましょう(図2、図3)。
図2 GPSの軌道
図3 みちびきの軌道
出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「みちびきの軌道」*1-5
GPS衛星は地表全体を全面的にカバーしています。
これに対し、GPSを補うためのみちびきは、日本を中心としたアジア・オセアニア地域での利用に特化したシステムです。
宇宙工学的な問題で、南北非対称の「8の字軌道」になり、日本付近に長く留まります*1-5。
みちびきはGPSと互換性があるため安価に受信機を調達することができます。
また、GPSと併用できるため、安定した高精度測位に必要な衛星数を確保することもできます。
さらに、図3のように、日本と経度の近い、アジア、オセアニア地域でも利用できるため、それらの地域では、後ほどご紹介するさまざまな自動運転実証実験が行われています。
開発までの道のりと今後の計画
みちびきの計画が始動したのは2006年です*2:p2。
同年、文部科学省、JAXA、総務省、経済産業省、国土交通省が連携し、世界初のセンチメータ級測位衛星の開発に向けて動き出しました(図4)。
図4 みちびきの整備計画
出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「みちびきとは」*1-1
2011年には、2010年代後半に4機体制、将来的には7機体制を整備することが閣議決定され、それ以降、国家プロジェクトとして推進されてきました。
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みちびきを活用した、自動運転を支える技術
三菱電機はみちびきの設計・製造を担当しました。
同社はその経験を生かし、みちびきの活用によって実現する、自動運転を支えるための技術を開発しています。
ここでは、その技術についてみていきます*2:p5、*3。
高精度3次元地図データに必要な情報の取得
自動運転では「車が見る」地図が欠かせません。
それを「3次元地図」といいます。
3次元地図を作るためには、道路の傾斜や形状から、建物や標識の緯度・経度・高さに至るまでの高精度な情報が必要です。
同社が開発したモービルマッピングシステムは、GPSアンテナやカメラを車に搭載することによって、そうした情報を高精度で効率的に取得することができます。
こうして取得したデータから高精度3次元地図が自動生成されます。
GPSの10倍以上の高精度な位置情報を把握する技術
正確で安全な自動運転のためには、高精度な位置情報を把握することが欠かせません。
同社では、車に高精度ロケーターを搭載し、そうした位置情報把握を実現しています。
高精度ロケーターとは、みちびきからの情報を受信する機器ですが、受信した情報と先ほどみた高精度3次元地図データを組み合わせます。
それによって、詳細で正確な車の位置を把握することができるため、濃霧の場合や雪道などレーンがわかりづらい時でも、自動運転の安全性に貢献します。
以上のように、みちびきの活用と最先端技術の組み合わせにより高精度な位置情報を得ることで、自動運転を支えるシステムが構築されています。
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みちびきを活用した自動運転実証実験:海外編
ここからは、みちびきを活用した自動運転の実証実験についてみます。
まず、海外での取り組みを2例ご紹介します。
オーストラリアにおける実証実験
この実験の目的は、オーストラリアにおける物流の自動化という高いニーズに応えることです*1-6。
オーストラリアは主要な都市が沿岸部に集中していますが、各都市間の数百から数千キロにわたる長距離をトラックドライバーが運転しています。
それが自動運転化できれば、安全性がアップし、コストの削減にもつながります。
このプロジェクトは、2018年7月から翌2019年2月にかけて、豊田通商が中心となり、三菱電機など数社と慶応大学との連携により行われました。
実証の概要は以下のとおりです*4。
この実証は海外で行われたため、日本国内で使用されているセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)は用いずに、実験信号「MADOCA」によるセンチメータ級の精密単独測位(PPP)を利用しました*1-6(図5)。
図5 実証システム構成概要図
出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「豊田通商などが豪州でみちびきを活用した自動運転車の実証を実施」*1-6
このシステムを用いて、2018年12月に現地でフィールドテストが行われました。
コースは、メルボルン郊外の道路で、約1.5kmの距離を折り返し走行しました(図6)。
図6 フィールドテストで用いたコース
出典:内閣府宇宙開発戦略推進事務局「豊田通商などが豪州でみちびきを活用した自動運転車の実証を実施」*1-6
タイにおける実証実験
大手自動車メーカーや部品メーカーとは競合しないニッチな分野に挑んでいる実証もあります*1-7。
東海クラリオン株式会社やベンチャー企業、アジア工科大学院、チュラロンコン大学が連携して、みちびきを利用したマイクロEV(小型電気自動車)の自動運転実証実験をタイで実施しました。
マイクロEVはパワーが制限され、スピードが出せません。
これはEVの弱点ですが、こうした特性を逆手にとる発想です。
低速なら自動制御の難易度は下がり、走行区間が限定されれば、障害物検知も容易です。
日本には住民の高齢化が進むかつての新興住宅地が2,200カ所もあるといわれています。
そのため、そうした場所で生活する高齢者の日常的な移動手段となるような、安全で安価な自動運転システムの構築が望まれます。
タイを実証場所に選んだ理由は、郊外に整備されつつある公共交通機関の駅と住宅地を結ぶ移動手段、あるいは近未来のスマートシティ内での移動手段、さらに将来的には日本同様、高齢化という社会課題に直面した場合の用途を見据え、タイ政府も注目する分野だからです。
2020年2月に行われた実証実験では、主にみちびき3号機からの信号を受信する設定で、前述のMADOCAを利用し、連携する国際航業株式会社が作成した高精度地図を使用しました。
実証実験は成功し、自動運転に十分な精度が得られることを確認。
関係者は、今後さらに完成度の高いシステム構築を目指しています。
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みちびきを活用した自動運転実証実験:国内編
三菱スペース・ソフトウエア株式会社は、自動運転バスの乗客の安全・安心を確保するための2つのシステムを構築しました*1-8、*5。
これらのシステムはみちびきの信号で送信される災害・危機管理通報サービスを活用するもので、防災と宇宙という同社の強みを生かした技術です。
2020年2月、埼玉県川口市で以下の実証実験が行われました*5。
- 「地震発生時の車両緊急停止」:地震発生時に、車両位置に本震が到達する際の震度や時刻を予測する「移動体向け地震予測システム」からの情報を受け、揺れが到達する前にバスを安全に停止させる
- 「避難時の支援情報(危険度など)提供:みちびきから受信した災害の種類やエリアの情報、走行経路のハザードマップ、正確な現在位置に基づいて、その場所の危険度を判定し表示する
検証すべき項目はすべてクリアし、実証実験は成功しましたが、今後は、安全に停車するだけでなく、しかるべき停車場所を車輛側が判断するシステムも必要です。
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おわりに
本稿では、日本版衛星測位システムみちびきの活用により、自動運転の正確性、安全性が増すばかりでなく、さまざまな技術と組み合わせることによって、社会問題や災害発生時のソリューションともなることをみてきました。
現在、自動運転技術の開発を巡って熾烈な国際競争が巻き起こっていますが、今後、自動運転の適切な社会実装を目指す上で、みちびきの活用は欠かせないといっていいでしょう。
*1 出所)内閣府宇宙開発戦略推進事務局「みちびき 準天頂衛星システム」
*1-1 出所)「みちびきとは」
*1-2 出所)「みちびき2・4号機のCG画像」(2016年9月5日)
*1-3 出所)「航法の歴史(3) GPSの登場」(2015年11月17日)
*1-4 出所)「みちびきの必要性」
*1-5 出所)「みちびきの軌道」
*1-6 出所)「豊田通商などが豪州でみちびきを活用した自動運転車の実証を実施」(2019年9月30日)
*1-7 出所)「タイでみちびきを使ったマイクロEVの自動運転実証実験」(2020年6月1日)
*1-8 出所)「みちびきを活用し、自動運転バスの乗客に避難情報を提供」(2020年6月22日)
*2 出所)内閣府(2018)「準天頂衛星システムの最近の状況について」(2018年10月10日)
*3 出所)三菱電機「未来のクルマ社会を、より安全に。ー自動運転を支える技術ー」
*4 出所)豊田通商株式会社(2018)「豪州での準天頂衛星システムを活用した自動運転車の実証実験開始へ ~経済産業省 平成30年度「衛星データ統合実証事業」採択案件~」(2018年12月5日)
*5 出所)三菱スペース・ソフトウエア株式会社(2020)「プレリリース:自動運転技術の普及に向け、人工衛星『みちびき』を活用した地震防災機能を川口市で走行する自動運転バスで検証」(2020年2月19日)