近年、様々な分野で「ナノテクノロジー」という言葉を聞くことはないでしょうか。「小さな世界のテクノロジー」というイメージがあるかと思います。
概ねそのイメージは正しいのですが、「ナノ」は想像以上に非常に小さい世界です。
ナノテクノロジーとはどのようなものなのか、代表的な研究対象である「カーボンナノチューブ」を例にわかりやすく紹介します。
ナノテクノロジーとは
ナノテクノロジーとはその名の通り、「ナノ」のレベルのテクノロジーです。
1ナノメートル(nm)は1メートルの10億分の1の単位で、肉眼はもちろん、通常の顕微鏡では判別のできる世界ではありません。
この小さい世界で物質や素材などの開発研究をするのがナノテクノロジーの世界です。
具体的には、原子の大きさが概ね0.1ナノメートルですので、ナノテクノロジーは原子レベルのモノづくりの技術です。
実際、原子や分子を操作して素材を作り出します。
図1 元素周期表(出所:「原子のせかいであそぼう」物質・材料研究機構)
上の図は元素周期表です。懐かしく感じる人も多いでしょう。
元素は自然界に様々な形で存在しています。
例えば原子番号6番の炭素(C)について言えば、黒鉛(グラファイト)もダイヤモンドも炭素原子が集まって巨大な結晶を作っているものです。
原子のつながり方によって物質としての性質は大きく異なっていますが、どちらも炭素原子の集合体です。
しかし、炭素原子は黒鉛やダイヤモンドのような大きな3次元結晶だけではなく、球状や平面の形に結合したナノスケールの物質として存在することもできます。
炭素原子が60個集まって球状になっているフラーレン(直径0.7ナノメートル)、ナノメートル単位の直径の筒状になっているカーボンナノチューブ、または厚さがナノメートル単位であるナノシート、といった小さな構造をしているものもあります。
これらはナノカーボン物質と呼ばれ、黒鉛やダイヤモンドという大きな結晶とはまた異なる性質を持つようになります。
例えばカーボンナノチューブの場合、電気と熱の伝導性が非常に高まるのが特徴です。
また、ほかの原子でも、ナノスケール物質になることで性質の変わるものがあります。
例えば金(Au)の融点は1063 ℃ですが、約7ナノメートル直径の金粒子では融点が957℃まで低下します。
鉄(Fe)のナノスケール物質は、通常の状態の鉄よりも磁力が5倍高いという性質を持っています。
このように、ナノスケールになることで特殊な性質が現れたり能力が高まったりする物質を研究し素材やIT、バイオ分野などに応用していくのがナノテクノロジーの研究です。
(目次へ戻る)
日本人が発見した驚異の素材「カーボンナノチューブ」
ナノテクノロジーの中でも代表的な素材として幅広い分野での実用化が期待されているのが「カーボンナノチューブ(CNT)」です。
1991年に日本で構造が解明され、世界で研究対象になっています。
現在日本では、カーボンナノチューブの量産が可能になっています。
主にこのような特徴を持っています。
- 軽くて強い=カーボンナノチューブは密度がアルミニウムの半分以下と、非常に軽い素材です。しかし一方で、硬さはダイヤモンドと同等、強度は鋼の約20倍になります。
- 電気をよく通す=カーボンナノチューブには銅の1000倍以上という高い電流密度耐性があります。銅の電線が切れてしまうような量の電気を流してもカーボンナノチューブはビクともしません。
- 熱伝導率が高い=カーボンナノチューブは銅の約10倍の熱伝導率を持っています。そして2000度の高温にも耐えられるという特徴があります。
これらの性質を活かして進められている研究のひとつは、集積回路への応用です。
電子機器の小型化・複雑化が進むにつれ、中に入っているチップも小型・高性能化が求められています。
しかし細すぎる配線は強い電流に耐えられません。
これを解決する素材として期待されているのがカーボンナノチューブです。
実際、NEDO(=国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトでは銅とカーボンナノチューブを混ぜた素材を使って、1マイクロメートル以下でありながら銅の100倍の電流を流せる微細配線を基板上に作ることに成功しています。
熱膨張しにくいという特徴もあり、立体的な配線を作ることも可能になっています。
さらに、カーボンナノチューブは電気抵抗が少ないので、省エネ化を通じた環境保護への貢献も期待されています。
(目次へ戻る)
カーボンナノチューブが実現性をもたらした「宇宙エレベーター」
「宇宙エレベーター」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
文字通り、地球と宇宙をエレベーターでつなぎ、モノを輸送するというプランです。
宇宙エレベーターは、上空3万6000kmの静止軌道上に設けた宇宙ステーションと地上をケーブルでつなぎ、その間をエレベーターで行き来するというものです。
そのためには重さのバランスを取るために上空10万kmまでケーブルを伸ばす必要があり、かつてはおとぎ話のようなもの、と言われていました。
建設物はそれじたいの重さ(自重)に耐えなければなりませんが、このような規模のものを作れる素材は存在していませんでした。
しかし軽量で頑丈なカーボンナノチューブの発見によって実現の可能性が高まり、2050年の運用を目指した技術開発が進められています。
2019年の夏には、エレベーターのロープに使うためにカーボンナノチューブを用いて作った「より糸」の試作品を補給船で国際宇宙ステーションに打ち上げ、宇宙空間での2度目の耐久試験を実施しています。
地上とは大きく環境が異なるため、実際の宇宙空間に1年曝露したもの、2年曝露したものを回収し、損傷のしかたや程度を見るという実験です。
2025年に地上基地の建設から着工する予定で、宇宙エレベーターの総工費は10兆6600億円と推計されています*1。
(目次へ戻る)
まとめ
ナノテクノロジーの研究は1959年、天才科学者として知られるアメリカの物理学者、リチャード・ファインマン氏が学会で行った講演がきっかけだと言われています。
「There's Plenty of Room at the Bottom(ナノスケール領域にはまだたくさんの興味深いことがある)」と題されたこの講演でファインマン氏は、原子数個というナノスケール領域になるとマクロの世界とは違うことが起き、それを研究することは人類にとって非常に重要なことだと指摘しています。
そして将来は原子を1つずつ配置して思い通りの物質を作れるようになるだろう、と予言していました。
その予言通り、ナノテクノロジーの中心物質であるカーボンナノチューブは、燃料電池、配線材料、半導体デバイス、薄膜、自動車・航空機等、建築材料など広い分野で注目され、実用化に向けた研究が進められています。
2030年の社会におけるナノ炭素材料の波及イメージ(屋外編)
出所:NEDO「驚異の新素材、単層カーボンナノチューブ世界初の量産工場が稼働」
また医療分野では、薬剤などを組み込んだ小さなカプセルを体内にめぐらせて病気を早期に見つけて治療する「体内病院」の研究が進んでいます。
近い将来には生活のどのような所に実際に登場してくるのか、ナノテクノロジーは目の離せない分野になっています。
*1 出所)「『宇宙エレベーター』建設構想」(総務省資料)